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2013年11月29日 (金)

連作ショートショート「時計」■懐中時計

 その時計をいつ、どこで手に入れたのか、いまではすっかり忘れてしまって思い出すことができない。
 中学、高校のころには腕時計がカッコよく思えて、外出するときにはかならず付けていたものだが、20歳のころにはそんな気分でもなくなり、自宅の机のうえにほったらかしにしてしまった。
 一度習慣でなくなると、たまに付ける腕時計がやけに重く感じられ、ますます付けなくなっていった。そんなこともあって、しばらく経ってから持ち歩くようになったのが、懐中時計だった。
 ゼンマイ式でアナログのそれは、小振りで、大きいとは言えない自分の手のひらの中にすっぽり収まるところも気に入っていた。
 ボディは金メッキ、カバーはプラスチックだから、露天で安いものを買ったのかもしれない。いつどこで手に入れたのかも忘れてしまったが、そんな懐中時計を何年間か、毎日身につけ大事にしていたものだ。しかし、あるときチェーンが切れてしまい、修理しないまま、机の引き出しに放り込んで、そのままになってしまった。
 何度か引っ越しもして、引き出しの中身を全部だしてこともあったのだが、時計はまた引き出しの中に戻され、何年も同じようにしまわれていたのだった。
「あ、こんなところに」
 引き出しの奥から出てきた懐中時計を見て、思わずつぶやいていた。
 メッキもところどころはがれ、カバーのプラスチックにも小さな傷がいくつもついている。大事に使っていたつもりだったが、ときには乱暴にも扱っていたのだろう。
 懐かしさと同時に、この時計を持ち歩いていたころの記憶が蘇ってくる。
 当時つき合っていた彼女はいまどうしているだろうか。
 ゆっくり、時計のゼンマイを回してみる。
 キリキリキリ。
 秒針が正確な動きを始める。
 キリキリキリ。
 さらにゼンマイを巻く。
 ギリッ。
 いやな音がすると同時に秒針が止まった。
 ゼンマイが切れたようだ。
 時計の針はそのまま同じ場所から動くことはなかった。
 過去は過去のまま、そっとしておいた方がよかったのかもしれない。無理やり引き戻そうとしたことを後悔した。


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