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2013年9月12日 (木)

連作ショートショート「人魚」■公園の人魚

 その公園は、昼間のベンチではお年寄りたちが雑談し、ブランコなどの遊具では小さな子供とその母親たちが遊んでいる風景が見られた。春には公園内の桜並木が花見客たちを集める。また夏場には、ほぼ中央にある池で子供たちが水遊びするのが風物詩のようだった。
 池には、人工的に作られた丘から、これも人工的に作られた小川の水が流れ込むような形に作られ、その里山的な演出は、周囲を住宅やマンションに囲まれている中でちょっとした自然に触れられるような雰囲気があった。
 池の底はタイルが貼られ、中央にタイルのモザイク画で人魚が描かれていた。
 池の水は年に数回抜かれ、公園を管理する職員によって掃除されるが、夏場に子供たちが遊ぶ関係で、そのうちの一回は初夏に行われるのが通例となっていた。今日はその掃除の日だった。
 池の周囲では水遊びができないのを残念がってか、或いは池の掃除が珍しいのか数人の小さな子供と母親たちが職員たちの動きを眺めていた。
「あれ、山下さんお久しぶりです」
 水が抜かれた池の底を柄の長いブラシでこすっていた手を休め、水色の作業着を着た年配の職員のひとりが声をかけてきた。確か小林さんといっただろうか。
「どうも、ご無沙汰してます。池の清掃だって聞いたものだから、タイルのはがれなどあったら修繕しようと思って」
「そうでしたか。ざっと見たところ大丈夫のようですよ」
「それならよかった」
「あ、三橋君、こちら山下さんといって、この池の人魚のモザイクを作ってくれた芸術家さん」
 小林さんが同じようにブラシで池の床をこすっていたもうひとりの若い男性に、そう声をかけた。「芸術家」などと呼ばれると自分ではないような気がする。
「どうも、三橋です。この人魚、子供たちに評判いいですよ」
「そうですか。それは嬉しいですね。ぼくもね、この人魚はすごく気に入ってるんですよ」
「近所じゃあ、この公園を『人魚公園』って呼んでるくらいですからね。山下さんのモザイク画があってこその公園ですよ」
 小林さんはそう言って笑った。
 自分もお愛想で笑い返し、ふたりに挨拶をして公園をあとにした。実を言うと池の清掃のことは全く知らず、久しぶりに人魚に会いに来たのだったが、夜にまた出直すことにした。
 公園の正式名称は「三丁目公園」といったが、小林さんが言っていた通り「人魚公園」の愛称のほうが通りがいい。それだけ自分の作った人魚のモザイクが印象的であり、愛着を持たれているのだろうと思えば嬉しいが、公共の場にあるだけに作者である自分と作品との距離ができてしまったような気がして寂しい感じもしていた。そんなこともあって、ときどき公園に人の少ない時間を見計らって池の人魚を覗きに行っていた。
 若いころは徹夜仕事なども多く、時には昼夜が逆転したような生活をしていたときもあったが、最近ではすっかり夜が弱くなってしまい、遅い時間に外出するということもなくなっていたが、数カ月に一度くらい、池の人魚を見に深夜に散歩がてら公園まで出掛けている。自分は人魚のことを「姫」という愛称で呼び、池のほとりに立ってしばらく眺め、帰宅する。
 その人魚が他の作品とどう違うのか、なぜそこまで気になるのか自分でもよく分からないのだが、しばらく公園に行かない日が続くと、まるで「姫」が呼んでいるように突然その姿が思い出されるのだった。
 池の真ん中にたったひとり人魚を描いたことで、寂しがっているのかもしれない。そんなことを考えたこともあった。もちろんそれは感傷にすぎない。自分はあまり霊的なことには興味はないからだ。

 家を出るときには午前1時ごろだったかと思う。ゆっくり公園まで歩いたので20分くらいかかっただろうか。公園はひっそりとして人工の小川の水の流れる音だけが聞こえていた。
 池の周囲には人が腰掛けるのにちょうどいい大きさの石が不規則に置かれていて、自分もそんな石に腰掛けたり、池を眺めるように座れるほとりのベンチに腰掛けたりして池の風景を、水の底に静かに横たわる「姫」をぼんやりと見て、また家に戻る。
 今回もいつもとそう変わることなく、10分程度「姫」を、池とその周囲を眺めて帰るつもりでいた。
 ふと空を見上げると少し雲が出ていたが、半分より少し太った月が西に傾き始めた位置で淡く輝いていた。
 池の水はいつも澄んでいるが、昼間清掃があったせいか底のタイルも街灯の光にくっきりと見える。水色のタイルが敷きつめられた真ん中に、赤いうろこに白い肌、栗色の髪をした「姫」がいた。
 ほとりの石のひとつに腰掛け、街灯の光が映る水面と、池の底の「姫」をぼんやりと眺めていると、自分が入って来たのとは反対側の公園の入口の方から人の足音が聞こえてきた。ふとその方向に顔を向けてみると、コンビニのレジ袋を下げた若い女性が池に向かって歩いてくるところだった。
 女性はジーンズにTシャツといった感じの服装で、こちらに気がつくと一瞬足を止めたが、すぐにまた池に向かって歩を進めた。
 そのまま通りすぎてくれるかな、と思ったが、女性も自分と同じように池が目的だったようだ。
 少し離れた池のほとりまで来ると、腰をかける場所を探すように周囲を見回し、それとなくこちらの様子をうかがっているような感じもした。昼間ならともかく、こんな深夜であるから女性が警戒するのも当然だろう。しかし彼女は腰掛ける石ではなく、こちらに目を向けるとそのまま近くに歩み寄ってきた。
「あの、人魚のモザイクを作った方…ですか」
 少しかすれた声で、言ったあとに咳払いをした。近くで見ると顔だちの整った女性だった。
「ええ、そうですけど。よくわかりましたね」
「昼間、清掃の方と話しているを見たものですから」
 今度はかすれていない綺麗な声だった。
 そう言われてみれば池の周りにいた人たちの中に子供を連れていない女性がいたような気もする。
「そうでしたか」
「わたし、この人魚、大好きなんです。よくこうして見に来るんですよ」
「そうですか。ぼくもこうしてたまに、ね」
 彼女は微笑むと隣の石に腰掛け、下げていたレジ袋の中から缶を取り出してこちらに差し出して言った。
「よかったらどうぞ。一緒に飲みましょう」
「どうも。いただきます」
 缶を受け取ってよく見ると、それはハイボールだった。
「本当は家で飲もうと思って買ってきたんですけどね。せっかくだから」
 彼女も自分の分の缶を取り出し、ふたりとも缶を開け、池を眺めながら飲んだ。
「あの」彼女は池に目を向けたまま言った。「どうして人魚を?」
「うん。池の底に何か図案をと言われたときに人魚がいいかなって思ってね。そう言ったら向こうも『それでいきましょう』ってことになって」
 打ち合わせのときの様子を思い出しながらそう答えたが、小林さんが「可愛い人魚をお願いしますよ」と言っていたのが印象的だった。
「昼間、初めて水を抜いた池を見ましたけど、やっぱりこうして水があった方が人魚が生き生きして見えますね」
「そうだね」
 会話はとぎれとぎれに続いた。ひと言ふた言話しては池を眺め、池を眺めてはふと話をするという感じだった。
「それにしても…こんな時間に女性がひとりでというのはちょっと危ない感じだね。いつも深夜に来てるの?」
「いえ、深夜に来るのは時々です。それにこうしてゆっくり深夜に人魚を眺めるのは初めてです。昼間とはまた違っていいですね」
「夜の方がやっぱり幻想的に見えるかな」
「ですね」
 そんな風に20、30分も池を眺めながら話していただろうか。ふと彼女は立ち上がり「そろそろ帰ります」と軽く会釈をして来た道を戻って行った。
 ひとりになって、残りのハイボールを飲みながらさらに10分ほど「姫」を眺めていただろうか。人魚は静かに水に揺れて見えていた。心なしかその表情やからだが動いているようにも見える。水の揺らめきなのか酒のせいなのか自分でも分からなかった。
 公園の前の道を新聞配達のスクーターが通りすぎていったのをきっかけに立ち上がり、家に向かって歩きだす。途中通り掛かったコンビニで、缶のハイボールを買い帰宅した。もう窓の外は明るくなり始める頃だったが、ハイボールを飲んで寝ることにした。

 翌日の深夜、また「姫」の池まで行ってみた。特になにがあったということではないのだが、自宅で作業をしていても何か落ち着かない気持ちで、気分転換をいいわけに深夜の散歩に出たのだった。
「あ、こんばんは」
 池のほとりには昨夜の彼女が石に腰掛けていて、こちらに気がつくと声をかけてくれた。そのそばには柴犬がおとなしく伏せていた。
「こんばんは。また来てたんですか」
「はい。なんか、気になっちゃって。でも今日はボディーガード付きです」
 と柴犬の頭を撫でる。
「なるほど」とその様子を見てわずかに笑い、彼女の隣の石に腰掛けた。「『姫』が呼んだのかな」
「姫?」
「あ、自分では『姫』って呼んでるんですよ、人魚のこと。つい口に出してしまったけど、ちょっと恥ずかしいね」
「そんなことないですよ」と彼女は微笑んで、続けていった。「やっぱり『人魚姫』のイメージだったんですか?」
「特にそういうわけではなかったんだけど、やっぱり人魚というとそのイメージになってしまうのかな」
「そうですよね」
 ふと言葉がとぎれ。水の流れる音が改めて耳に入ってくる。
「そうだ、今日はこちらで用意しましたよ」
 そう言って途中のコンビニで買ってきたハイボールの缶を彼女に差し出す。
「あ、ありがとうございます」
 缶を開けると「いただきます」と言って彼女は口をつけた。自分も同時にハイボールをひと口飲む。
「でも、『人魚姫』って本当は悲しい物語なんですよね」
「そうだね。片思いが報われない話だったね」
 彼女はそのあとハイボールを飲みながらしばらく池を眺めていたが、そのまま視線を止めたままふと口を開いた。
「思いが叶うって、どういうときなんでしょうね」
 半ば独り言のようなその言葉に、すぐには答えることができなかった。
「突き詰めて考えると、人それぞれなのかな。どの時点で叶ったと感じるか、なのかもしれないね」
「『人魚姫』は思いが叶わなくて泡になってしまったんですよね」
「そうだね」
 彼女の瞳が何か思い詰めたもののように見え、そのまま彼女の言葉に同意してしまうのが危険に思えた。
「でも、こんな風にも考えるんだ。人魚姫は王子を殺して人魚に戻ることを拒否して、泡になったわけだけど、それは恋心を終わらせずに、恋を永遠にしたんじゃないかって、ね」
「終わらせずに、永遠に、か」
「うん。たとえ叶わない恋だったとしても、彼女の気持ちの中での恋は終わっていなかったんだよ。それは苦しいことかもしれないけど、恋を終わらせることよりも、恋する気持ちでいることを選んだっていうことじゃないかな」
「…そうですね」
 彼女は視線を落とし、傍らの柴犬の頭を軽く撫でた。
「叶わなくても、気持ちまで終わらせる必要はない、か」
 今度は空を見上げて独り言のようにいった。
 そんな彼女を見るともなしに目の横で見ながら、ハイボールを飲んだ。池の底では「姫」が静かに揺れている。
「なんか、『人魚姫』のイメージがちょっと変わったような気がします」
 彼女はこちらに顔を向け笑顔で言った。
「ん、まあ、僕の勝手な解釈だからね。いま、ふとそう思っただけだし」
「いいえ、すごくいいですよ。人魚姫がなぜ泡になることを選んだのか、やったわかったような気がしました」
 彼女に微笑み返して池の方に顔を戻す。ハイボールをまたひと口飲んで、静かな池の水面を眺めた。
 しばらくお互いに口を開かなかったが、彼女がぽつりと小さな声で、しかしはっきりと言った。
「ありがとうございます」
 彼女の方を見ると、彼女はさっと立ち上がり、昨夜と同じように「そろそろ帰ります」と軽く会釈して、柴犬を伴って公園を出ていった。
 遠くで車の走る音がした。
 水の流れる音が耳に心地よかった。
 水の底で「姫」がこちらに笑い掛けているようだった。
 そういえば、彼女に名前を聞くのを忘れていた。
 けっきょく、「姫」の愛称は彼女にものになった。

[了]

↓本作を含む、連作ショートショート「人魚」(4作品収録)は、「ブクログのパブー」にて電子書籍になっています。

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