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2012年6月29日 (金)

■バロム・1/さいとう・たかを

初出/講談社・ぼくらマガジン(昭和45年1号~昭和45年52号)
書誌/さいとうプロ(B6版全5巻)
   リイド社(A5版全2巻)
   リイド社(文庫版全3巻)
   リイド社・バロム・1/クロスファイル(原作コミック、特撮ドラマ、アニメの3メディアを「クロス」した研究本)

 この作品は、特撮ドラマ『超人バロム・1』としてテレビ放送されたので、そちらの方で知っているという人が多いだろう。もちろんさいとう・たかをによる本作が原作ではあるのだが、掲載誌の休刊に伴う連載終了から1年以上が経ってのテレビドラマ化ということもあり、リアルタイムでのコミカライズ作品(たとえば秋田書店「冒険王」の古城武司版)の方が、漫画版としては知名度が高いかもしれない。
 原作者が劇画の大御所さいとう・たかをである事を考えれば、なぜこの原作コミックが長い間気軽に読むことができなかったのか不思議ではある。
 連載は講談社の「ぼくらマガジン」であり、同誌には『タイガーマスク』や『仮面ライダー』といったテレビ化作品も連載されていて、小学生を中心に注目されていた雑誌であったと思う。しかしながら、雑誌の購買層としては低年齢に絞りすぎたのか、週刊マンガ誌としては失敗に終わり、休刊した。
 単行本は講談社から刊行されることはなく、さいとうプロからの刊行となった(ちなみに「ぼくらマガジン」連載作品で講談社から単行本が刊行されたのは『タイガーマスク』くらいであり、『仮面ライダー』や永井 豪の『ガクエン退屈男』『魔王ダンテ』などは朝日ソノラマの「サンコミックス」から刊行され、そのほか若木書房の「コミックメイト」から刊行された作品もある)。
 このさいとうプロ版が流通面で弱かったのか、結果として本作の単行本としてあまり知られることがなかったのは事実だと思う。またその後青年マンガ誌に発表した作品は繰り返し再刊行していたさいとうも、本作を含めた少年誌連載作品はあまり再刊行すること(あるいはされること)がなく、リイド社によるA5版ハードカバーでの全2巻刊行まで幻の作品となってしまったのである(同様な例では『デビルキング』がある)。
 とはいえ、このA5版も初出誌の誌面を原稿にしていて、実は原稿自体が現存していない可能性を感じさせる(初出時の広告や柱コピーなどもそのままの状態で収録しているので、当時の雑誌の雰囲気のまま読めるという点ではここまで忠実な復刻はないともいえる)。とすれば、長い間再刊行されなかったのも頷けるところだが、単行本に収録された著者へのインタビューでもそれには触れておらず、疑問の残るところではある。

 さいとうはインタビューで、本作を「自作唯一の少年漫画」だと言っている。発表媒体が少年マンガ誌であっても、その内容や意図するものは、少年漫画を卒業していく世代をつなぎ止める「ちょっと大人の」作品を心がけていたといい、本作はそのような制限なしに、少年向けに少年漫画を描いた作品ということだ。
 健太郎と猛の、ふたりの少年が宇宙の善の意志「コプー」によって代理人(エージェント)として選ばれ、ふたりの心を合わせることで「バロム・1」に変身する。そして地球を狙う悪の「ドルゲ」から地球を守る、というのが基本的な設定だ。これはテレビドラマとも共通するところだが、「バロム・1」の容姿そのものはテレビドラマとは全く違っている。というのは、さいとうは当初西洋の甲冑的なものも考えたというが、やはり表情をだせないと、少年ふたりの友情によるパワーというテーマを描きづらいと判断し、人間的なスタイルになったという。テレビドラマ版の造型の方が元々のアイデアに近いかもしれないとも言っている。この主人公であるヒーローの見た目の違いも、本作がテレビドラマの原作コミックであるという印象を薄めていた原因のひとつであったのは確かだろう。
 宇宙に於ける善と悪の対立、その代理人が地球を守るために闘うというのは、石森章太郎・平井和正の『幻魔大戦』を思い浮かべてしまうが、そこは劇画のさいとう・たかを。少年漫画ではあってもリアルな状況は常に忘れていない。たしかに「バロム・1」という存在自体が少年漫画的なものではあるし、ドルゲによって起こされる事件も常識を逸脱しているのだが、巻き込まれる人々のリアクションがリアルな雰囲気を持って描かれているのだ。このあたり、現実にそのような超人が現れたら、常識を超えた事件が起こったら、というシュミレーション的な感覚なのかもしれない。
 テレビドラマを見ていたというファン、またさいとう・たかを作品のファン、特にこの原作コミック版をまだ読んだことがないという方に読んでいただきたい作品である。

※テレビドラマ版の主題歌には多くの擬音が歌詞に含まれているが、これは作詞家が原作コミックの擬音から採ったという。たしかに本作を読んでいると、主題歌に歌い込まれている擬音がたびたび出てきて、頭の中でメロディーが流れてきてしまう。

・リイド社A5版刊行データ
第1巻、第2巻ともに平成10年5月28日初版発行。

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2012年6月25日 (月)

■男どアホウ甲子園/水島新司(原作・佐々木 守)

初出/小学館・週刊少年サンデー(1970年8号~1975年9号、1999年36・37合併号)
書誌/秋田書店・秋田サンデーコミックス(全28巻)
       〃  ・秋田漫画文庫(全18巻)

「野球漫画の水島新司」最初のヒット作と言っていい作品であり、5年におよぶ連載期間、新書判単行本にして28巻という分量も、その後の水島新司作品の長期連載、大長編作品の最初のものとなっている。またアニメ化された水島新司作品としても最初のものである。また、原作者である脚本家の佐々木 守にとっても、漫画原作の代表作である。
 野球狂の祖父によって「甲子園」と名付けられ、幼いころから野球好きとして育てられた主人公、藤村甲子園が、剛球投手として高校野球、大学野球そしてプロ野球でさまざまなライバルたちを相手に活躍していくのがストーリーの基本。このあたりは他のスポコン漫画とも共通するところと言っていいが、なんといっても主人公の突き抜けた性格が本作の一番の特徴となっているのは事実だろう。自ら「野球どアホウ」と言い、「野球以外に能がない」という、そして投げる球は直球のみというばか正直で一本気、そこ抜けに明るく邪心のないところは作品の爽快感にもつながっている。
 とはいえ、その主人公の生きざまを貫き通す影には、実のところ周囲の人々にかなりの犠牲が伴っていたりして、その責任をどうとるんですかと、真面目に突っ込んでみたくなったりもする。
 主人公が投手であるため、ライバルはバッターだろうと単純に考えてしまうところだが、意外にもその多くは同じピッチャーだったりする。最初に登場するのが池畑という中学から高校にかけてのライバルで、高校野球・甲子園大会では投手戦を展開する。
 直球、剛球が武器の甲子園は、とにかく相手に打たせないことが自慢であり、バッターとは力と力の勝負という図式になり、特別な打法や攻略法がなかなか出にくいということも投手同士の投げ合いという展開になったのかもしれない。また、高校野球がそうであるように、投手であっても打撃力も要求されるので、甲子園自身打撃もチームの中では優れていたりする。そこでライバルともお互いに投げ、打つ勝負が展開されている。
 作画面でも水島新司の力の入れ要は画面から充分伝わってくるもので、特に試合中の球場の臨場感は流石と言っていい。もっとも投球フォームなどは川崎のぼるの『巨人の星』の方が印象的だったかもしれないが(『巨人の星』は投球フォーム自体に特徴を持たせていたせいもあるだろう)。
 
 本作の続編として、水島新司のオリジナルで『一球さん』が描かれ、また『大甲子園』にも藤村甲子園が登場している。
 同じ水島作品の『野球大将ゲンちゃん』でも、本作同様、野球狂によって物心がつく以前から野球に接し、少年野球で活躍するのだが、これは本作において主人公の誕生から高校入学までの成長過程がある意味とばされていたことで、少年時代、リトルリーグなどを改めて描こうとしたのではないかと思われる。その意味で『~ゲンちゃん』はもうひとつの『男どアホウ甲子園』と言ってもいいのかもしれない。

・秋田サンデーコミックス刊行データ
1・昭和45年7月5日、2・昭和46年4月5日、3・昭和47年2月5日、4・昭和47年8月10日、5・昭和48年5月30日、6・昭和48年8月20日、7・昭和48年12月10日、8・昭和49年5月10日、9・昭和49年7月30日、10・昭和49年9月10日、11・昭和49年10月10日、12・昭和49年11月10日、13・昭和49年12月10日、14・昭和49年12月25日、15・昭和50年2月10日、16・昭和50年3月20日17・昭和50年4月10日、18・昭和50年5月10日、19・昭和50年6月30日、20・昭和50年7月31日、21・昭和50年8月10日、22・昭和50年9月20日、23・昭和50年10月15日、24・昭和50年11月15日、25・昭和50年12月20日、26・昭和51年1月20日、27・昭和51年2月15日、28・昭和51年3月10日

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2012年6月17日 (日)

■銭っ子/水島新司(原作/花登 筺)

初出/秋田書店・週刊少年チャンピオン(1970年14号~1971年32号)
書誌/秋田書店・少年チャンピオンコミックス(全5巻)
    〃  ・秋田コミックセレクト(全3巻)

 本作は水島新司の「少年チャンピオン」に於ける最初の連載作品で、本作の後『いただきヤスベエ』、そして『ドカベン』が連載されている。
 原作の花登 筺は『細うで繁盛記』などのドラマの作者として知られ、商人もの、根性ものを得意とする作家として知られているわけだが、本作もタイトルで感じられる通り、銭、お金にまつわるストーリーとなっている。
 東京杉並の高級住宅地の中でも豪華な家に住む会社社長の子供として生まれ、なに不自由なく育っていた気弱な主人公は、突然の交通事故により両親を亡くし、妹とふたり残されることになる。そして父の兄弟である親類の家に引き取られることになるのだが、まだ中学生だというのに学校にも行かせてもらえず働かされ、奴隷のような扱いを受け、一端は妹と海に飛び込み死のうとさえするのだが、ガタロ船の船長に助けられ、地道にでも働いて生きてゆこうとする。しかし船長が怪我をしたときに、お金がないということだけで街の医者たちが診察してくれなかったことを目の当たりにして、金を稼ごうと、妹を残してひとり旅立っていく。物語はここから始まるといってもいい。
 しかしどうすればお金を稼ぐことができるのか、商売を始めるにしても元手がなければできないと知り途方に暮れる主人公の目に、ひとりのこじきが映った。
「こじきなら元手がなくてもできる」と真似をしてみるのだが、うまくいかない。そしてそのこじきが声をかけてきた。
 こじきとはいえ豪華な家に住み、高級レストランにも出入りする(もちろんスーツに着替えて)その男。主人公によって銭神と呼ばれることになるその男によって、主人公は金儲けのノウハウを学んでいくことになる。
 当初本作の単行本は2巻までしか刊行されず、そのまま途絶するかと思われたのだが、5年ほどの間隔をあけて3巻以降が刊行され、無事ラストまで収録されることになった。秋田書店はその時期同じように途絶していた単行本の続巻をまとめて刊行していたと記憶する(つのだじろうの『虹をよぶ拳』や藤子不二雄の『わかとの』など)。
 個人的にあまり野球漫画を読まないため、水島作品に触れる機会は少なかったのだが、本作を始めとした野球もの以外の作品を読んでみると、そのエンタテインメント性がよく分かり、水島作品をもっと読んでみたくなった。野球作品から水島新司ファンになった方にもぜひ読んでいただきたい作品である。

※手持ちの単行本では1、2巻のカバーが欠如しているため、3~5巻の画像しか用意できませんでした(2巻の画像は秋田書店のコミックスに挟み込まれていたカタログから)。

・少年チャンピオンコミックス刊行データ
第1巻:昭和47年3月10日、第2巻:昭和47年9月10日、第3巻:昭和52年7月10日、第4巻:昭和52年7月10日、第5巻:昭和52年8月10日

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2012年6月 7日 (木)

■挑戦資格/園田光慶(ありかわ・栄一)

初出/東京トップ社(1962~1963年描き下ろし)
書誌/東京トップ社・ハードボイルド傑作集(全9巻)
   パンローリング・マンガショップシリーズ(全3巻)

 本作は、園田光慶が貸本作品を手がけていた時代に、ありかわ・栄一名義で発表したもの。本作を制作中に「少年キング」で『車大作』を連載し、雑誌にも進出することになり、結果的に1960年後半から描き下ろしを続けてきた貸本劇画の「ハードボイルド傑作集」シリーズを本作で終了することになったようだ。ちなみにこのシリーズは全26巻におよぶ。

 本作の冒頭で、主人公は記憶をなくしており、バーで知り合った猪又という老人の紹介でやくざが経営するクラブの用心棒となり、マシンガンの名手アゴの銀次と出会う。少しずつ記憶を取り戻していく主人公は、自分が早乙女 豪という名であったこと、アフリカから、現地で捕らわれている父を助けるため、人を集めるため日本に戻ってきたことなどを思い出していくが、やくざ同士の抗争のため、雇い主であった佐伯が殺され、アフリカへ戻る前に佐伯の仇を討つことになる。その間、怪力とブーメランのむっつりの牛や身軽さと爆発物を得意とする手品師の狂といったメンバーたちとも知り合い、ともにアフリカを目指すことになる。
 そう、のちに描かれる『ターゲット』が、まずアフリカを舞台にしていた下地がここにあったのだ。
 当初は反白人グループと考えられていたルムンバ団だったが(父も彼らに捕らわれている、と豪も信じている)、実は彼らは白人のグループであり、世界征服を企む集団だった。
豪の父などがアフリカで掘りあてようとしていた金を資金に、細菌爆弾などを製造し、世界征服に向けた計画を進めていたのだ。このあたりの設定も『ターゲット』に通じるところだろう。実際『ターゲット』はこの『挑戦資格』を別の形で描いたものだったのかもしれない。

 タイトルの印象だと、主人公が何かに挑戦するために次々にハードルを超えていくようなストーリーを想像するが、実際のところあまり的確なタイトルではなかったようにも思える。ストーリーの基本は主人公の、父の奪還(途中で死んだという噂を聞き復讐へと目的は変わるが)であり、ルムンバ団の正体が明かされるのも、主人公が仲間と離れているときに、仲間たちが知るという設定で、ルムンバ団に対する挑戦という形もあまり的確ではない。そしてそこに「資格」が必要になるわけでもない。
 また作画面では、中盤以降は気合も感じるが第一部あたりは貸本劇画らしいといってしまうと語弊があるかもしれないが、流して描いているような印象も否めない。描き込みも『アイアン・マッスル』ほど描き込まれていない印象であった。
 ただ、ストーリー展開は先を予想できないもので、どんどん読みたくなる勢いのあるものだ。
 貸本劇画として刊行され、その後は再刊行の機会もなく埋もれていたが、パンローリングのマンガショップシリーズで再刊行され、再び読むことができるようになった。貸本で読んだことのある読者だけではなく、貸本を知らない世代の読者にも一読を薦めたい。

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2012年6月 6日 (水)

■性病部隊/園田光慶(原作・小池一雄)

初出/プレイボーイ(1971年3号~7号/※園田光慶作品のリストを作成しているサイトでは10号~さらに連載されている記述があるが、小池一雄作品のリストではそれはない))
書誌/大都社・ハードコミックス(昭和49年10月30日/初版には帯あり)

 なかなかセンセーショナルなタイトルで、自分も大都社のコミックスの巻末広告で本書のタイトルを知ったとき、どんな作品なのか好奇心が治まらなかった。が、すでにその当時入手困難で古書店でも見かけることがなく、半ばあきらめていたときに手に入れたものだ。
「THE ENDからの逃亡」というシリーズのもと『性病部隊』と『夕日の罠』という2話から構成されるもので、表題となった『性病部隊』は、CIAが培養した新種の性病に感染した男女ふたりのエージェントが、相手国に入り込み蔓延させるというもので、セックスシーンもふんだん。とはいえ71年当時の、青年劇画の枠の中でのことである。もちろんストリー自体はエージェントふたりの葛藤などシリアスなもので、シリーズタイトルにもあるように、「このままでは世界がTHE ENDとなってしまう」という危機感をあおっている。
 第2話である『夕日の罠』は「THE ENDからの逃亡」など、反戦歌で若者の人気を集めるシンガーを主人公に、その影響力を畏れた国防総省のエージェントが彼を陥れようと画策するというもの。
 どちらの話も小池一雄らしいといえばらしいもので、なかなか読みごたえのある作品だ。また園田もそれまでのダイナミックな作風にしっとりとした色気をプラスしたものになっているように思われる。
 タイトルがタイトルだけに復刻の機会がないのかもしれないが、作品としては多くの人に読んでもらいたい内容であり、手にする機会があったらじっくりと味わっていただきたい。

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2012年5月30日 (水)

■ターゲット/園田光慶

初出/小学館・少年サンデー(1969年20号~1970年24号)
書誌/若木書房・コミックメイト(全5巻)
   徳間書店・トクマコミックス(全5巻)
   パンローリング・マンガショップシリーズ(全2巻)

『あかつき戦闘隊』で「少年サンデー」誌上で人気を博した園田光慶が、本領を発揮したともいえるハードボイルド・アクション劇画。ストーリーもオリジナルである。
 家庭も仕事も順風満帆で幸せの中にいた主人公・岩神六平は、出張先の福岡のホテルで両親と妻そして幼い息子が自宅で殺害されたという警察からの電話を受ける。急遽帰宅した六平に刑事は、犯人が六平の弟、徹二だと告げる。
 クレー射撃に凝っていた徹二が愛用していた銃で家族は射殺されていたのだ。
 はじめは信じられなかった六平だったが、いろいろと調べていくうちに徹二に接近していた人物を突き止め、その人物がアフリカのある企業の人間だとわかると、単身アフリカに飛ぶ。そしてアフリカで徹二の姿を見かけるも、六平は身に覚えのない殺人容疑で絶対に脱獄不可能はいわれる監獄の島「終身島」へと送られてしまう。そこは看守長であるヤコブという男が支配する地獄のような場所であり、徹二への復讐を誓う六平はなんとか脱獄しようと執念を燃やすのだが、そこで知り合ったジョンというジャーナリストの協力により処刑されたと見せかけて脱獄に成功。そしてジョンの紹介によって殺人マシーンへと六平を生まれ変わらせる「アザーワールド」に向かうのだった。

 六平の右手はナイフで切り裂かれるなど負傷していたが「アザーワールド」で治療を受けると同時に第2、第3関節にダイヤモンドが埋め込まれ、ただ殴るだけでも相当な武器となる。このダイヤを埋め込んだ右手というのが本作の主人公の特徴ともいえるのだが(家族惨殺のショックで白髪にもなっているが)、作品を読み返してみるとそれほど右手を使ってのアクションが描かれていないのが意外だった。
 また日本からアフリカ、一旦は「アザーワールド」のあるニューヨーク、そしてまたアフリカ、最後には日本へと舞台も変わり波瀾のストーリー展開ともなっているのだが、最終的に弟の徹二がなぜ両親と兄の妻、子供を殺すに至ったかの明確な記述はない。ヤコブの所属する犯罪組織に徹二も加わっているのだが、それだけが動機ともいえず、むしろ兄と弟の確執のようなものが背景に置かれていたようなのだが、結局そこまでは描かれなかったという印象だ。実際、全5巻で完結はしているものの犯罪組織の全貌についてはまるでわからず、家族を殺された復讐という、ストーリーの発端ですら半ば果たされないまま余韻を残しての終了となっている。
 まあ、正直なところ少年マンガ誌向きの作品ではなかったといえるし、青年誌で連載していたらさらに面白いものになっていたのではないという感じもする。結果的にそういったところでストーリーの完全な結末を描かずに終わったのではないのだろうか。

 単行本に関しては、若木書房のコミックメイトが初単行本(70年)。前作『あかつき戦闘隊』は小学館のゴールデンコミックスでも刊行されていたが、この時期すでにゴールデンコミックスの刊行が終わっていたかもしれない。コミックメイトはサンデー連載作品を多く単行本化していた。また本作は当初全4巻とされていたが、4巻、5巻の巻末に読みきり作品を収録することで全5巻という構成になっている。4巻で収録するには予定よりページ数が多かったのかもしれない。
 コミックメイトが事実上絶版となったあと、徳間書店から同じ全5巻で刊行されたが(85年ころ)、いまこの版はネット上でも確認ができない。実はレアな版になっているのかもしれない。
 現在入手できるのはマンガショップシリーズの全2巻で、これはコミックメイト版を底本としている。連載中の扉など未収録ページが多数あるという指摘もある。また電子コミックスでも発売されている。

※本原稿執筆にはコミックメイト版を読了し、マンガショップ版を参考にしました。

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2012年5月27日 (日)

■アイアン・マッスル/園田光慶

初出/東京トップ社(1964年~1965年・書き下ろし単行本)
   少年画報社・少年キング(1966年19号・読み切り)
書誌/東京トップ社(全3巻・貸本)
   朝日ソノラマ・サンコミックス(全1巻)
   パンローリング・マンガショップシリーズ(全1巻)

 園田光慶は1958年に貸本マンガでありかわ・栄一としてデビュー。当時貸本マンガを舞台に台頭し始めた「劇画」の描き手として人気を得たが、貸本自体の衰退もあり雑誌に活躍の舞台を移すと共に、1965年、園田光慶と改名。『あかつき戦闘隊』や『軍鶏』『戦国猿廻し』などの作品で知られる。また『アイアン・マッスル』『ターゲット』等の作品ではアクションシーンへのこだわりが評価され、同時代の劇画家やその予備軍に多大な影響を与えた、と言われている。

 本作『アイアン・マッスル』は園田の代表作のひとつであり、ファンの人気も高い。ペンネームをありかわ・栄一から園田光慶に変えた時期でもあり、初出の単行本では作者表記に混乱もある(3巻では「ありかわ・栄一改め園田光慶」と表記されている)。
 手塚治虫は漫画に映画の感覚を持ち込んだが、本作『アイアン・マッスル』はさらに映画的なスピード感のある演出と動きが追求されていると言っていいだろう。作品発表当時にはアクション映画(たとえば「無国籍映画」と言われたようなもの)が人気だったこともその背景にはあるだろう。
 手塚やその影響を受けた漫画家たちによってそれまでの漫画とは違うものが生み出されてきていたが、更に表現の限界を広げようとした動きが「劇画」にはあった。「それまでの漫画とは違うもの」という意味で「劇画」の名称を与えられたのだから、ジャンルとして別物という意気込みが作者たちにはあったはずである。ひとつはよりシリアスな内容、子ども向けではない内容といったテーマやストーリー面、もうひとつはより細かい描写でありリアルな画風が挙げられる。その延長線上にあって、本作に於ける園田のアクションシーンへのこだわりという物があったことは言うまでもない。
 貸本版ではアイアン・マッスルと名乗る人物の素性はハッキリとは言及されていないが、どうやら暗黒街では名の知れた人物であるらしい。このあたり佐藤まさあきの『影男』のような「貸本劇画のお約束」的な暗黙の了解があったと見ていいだろう。しかし「少年キング」の読みきり作品になると「ひみつ捜査官」という職業になっている。貸本劇画が一律に「悪書」とされていた時代を何となく感じてしまう設定変更に思えてしまう。
「マンガショップ」版ではその読み切りに加えて、貸本版の予告編も収録されているので、未読の方はぜひお読みいただきたい。

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2012年5月26日 (土)

■山河あり/河あきら

初出/集英社・別冊マーガレット(昭和53年8月号)
書誌/集英社・マーガレットコミックス(1981年8月30日初版発行/併録・マッチ箱とんとん、パパとママは恋してる)

 河あきらが太平洋戦争時代を舞台にひとりの女性の半生を描いた作品。すでに『いらかの波』も手がけていたころの作品であり、これまで紹介してきた河あきら作品とはかなり印象の違う作品といえる。もっとも、家庭や学校生活の中での閉塞感から逃れたいとあがく主人公を描いてきた河あきらにしてみれば、戦争という時代の中に生きる本作の主人公は、本質的な部分でそれまで描いてきた主人公たちの延長線上にいると言ってもいいだろう。
 作品自体は100ページの読みきり作品だが、テレビの連続ドラマのような時間の流れ、主人公の生きざまが描かれていて読みごたえがある。また戦争を、あるひとりの女性の視点から描いているという点でも注目していい作品といえるだろう。歴史として戦争を知っているものからすれば忘れがちな、その当時生きていた一般のひとりの女性の視点が見事に描かれている。この点では映画化、ドラマ化、舞台化されてもいいような作品といえるだろう。
 河あきらは初期の代表作から社会派の匂いを漂わせていたが、本作でもひとりの女性の半生を描きながら戦争の意味を問う作品に仕上げている。
 現在、河あきらのマーガレット時代の作品はなかなか気軽に読める状況にないのが残念だが、古書店などで見かけることがあれば迷わず手に取ってほしい。後悔はしないはずである。

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2012年5月25日 (金)

■あなたは笑うよ/河あきら

初出/集英社・別冊マーガレット(昭和52年1月号)
書誌/集英社・マーガレットコミックス(1978年4月20日初版発行/併録・夢の島の23万円、ちいさな島の仲間たち)

 これまで退屈な日常や窮屈な家庭から開放されようともがく若者を描いてきた河あきらが、年上の女性に恋する少年を描いた作品。
 この作品でも主人公の少年は、医者の父を持ち、自分の医院を継がせようと厳しく育てられていることに不満を抱いているが、それよりも年上の女性との恋愛だったり、少年が大人になっていく過程だったりと、これまで河あきらの作品では描かれなかった要素が強く打ち出されている。
 単に年上の女性と言ったが、実は少年の通う高校の体育の教師であり、先生と生徒の恋愛という、一種のタブーをテーマにしている作品でもある。もっとも主人公のふたりはかなりプラトニックな関係で、周囲の噂が先行して追い詰められていくというストーリーになっているのではあるが。
 70年代後半になると少女漫画にも性的な要素が取り入れられてきて、本作でもいわゆるベッドシーンは描かれていないが、主人公の少年が性体験を済ませたと想像させるシーンが登場している。この辺りのシーンも、それまでの河あきら作品から見ると踏み込んだ描き方といえるだろう。
 主人公やその周囲の仲間たちの純粋な思いが、周囲の偏見や思い込みによってゆがめられて広がっていく展開は、これまでの作品とも共通しているといえるし、ラストの切なさは河あきら作品らしいとも言える。主人公の相手に年上の女性を設定したことで、作品自体が、それまでのものよりひとつ大人になったような印象を受けるのはボクだけだろうか。

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2012年5月24日 (木)

■さびたナイフ/河あきら

初出/集英社・別冊マーガレット(昭和51年1月号)
書誌/集英社・マーガレットコミックス(1977年2月20日初版発行/併録・あしたは日曜日、おばあちゃんの大革命、アイ・アム奥さま)

『さびたナイフ』は、それまでの退屈な日常から抜け出そうと、不良と知り合ったことからさまざまな出来事に遭遇していく主人公を描いてきた河あきらの、ひとつの集大成とも言える作品だと思う。
 主人公はギリシア人を父に持つハーフの少女で、父は母国に帰ったまま連絡がなく、母も亡くなり親戚の家に身を置いている。そこにはひとつ年上の従兄弟がいるが、医者を目指して勉強している真面目な秀才で、主人公には近寄りがたい存在だった。しかし、その従兄弟が、勉強の合間に気休めとして書いていたノートを偶然見てしまったことから、そのイメージは大きく変わっていく。そこにはさまざまな犯罪を実行することのできる計画がびっしりと書き込まれていたのだった。
 従兄弟と同じ高校に通い、不良として評判のよくない主人公と同じ年の少年も、偶然主人公と知り合い、さらにふたりでいるときに出会った家出少年も巻き込んで、従兄弟の作った犯罪計画書に沿って、銀行から現金強奪を実行することになる。
 完璧だと思われた計画だったが、さまざまなほころびから身元が割れ、警察に追われることになる。4人は現金の隠し場所にした別荘に身を隠すことにしたのだが…。
 主人公を取り巻く3人の少年たちそれぞれの主人公への想いも見事に描かれ、サスペンスの要素と恋愛の要素がうまくかみ合っているのはもちろん、余韻の残るラストが本作の印象を強めている。

 たぶん、河あきらの作品を初めて読んだのは本作だったと思う。そして『木枯らし泣いた朝』『赤き血のしるし』と読み、河あきらのファンになっていった。
 70年代、少年マンガは長期連載、少女マンガは読み切りというものが多く、作品の密度で少女マンガに秀作が多くなっていたというのもあったのではないかと思う。また内容的にも文学的な作品が多かった印象も強い。もっとも、河あきらの一連の作品は、文学的というよりはテレビの2時間ドラマといった方が合っていたかもしれないが。
 

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