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ANOTHER STYLE について

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    「ANOTHER STYLE」はフリーライターのグループ「涼風家(すずかぜや)」のメンバーによるWEBマガジンです。2010年4月21日より毎週水曜の更新で「ニューハーフという生き方」を連載開始。取材させていただけるニューハーフの方も募集しております。

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アルファポリス

2014年2月28日 (金)

小説■Second Life小説

「こんばんは。仮想空間セカンドライフ内のライブ放送です」
 ネットラジオを通して音声をセカンドライフのインワールドに流す。
「セカンドライフのアカウントをお持ちの方はログインしていただいて、『ビーナスリゾート』というSIMを検索して、そのSIMの西側にある『クラブすずかぜ』までお越しください。まだアカウントをお持ちでない方、セカンドライフ自体がわからないという方は、ネット検索をしていただいて、アメリカのリンデン・ラボ社が運営する仮想空間を体験してみてください。3Dのキャラクターを使ったコミュニケーションが楽しめる世界です。テキストのチャットに加え、マイクを使ったボイスチャットもできますし、今お聞きいただいているように、ネットラジオを使ってライブ活動やラジオ放送、クラブDJといった活動もできますよ。ということで…まずは一曲目、聞いてください」
 そしてボクはギターを弾き始める。

 セカンドライフのアカウントを作ったのは2007年だった。
 7月に日本語版がリリースされたのをきっかけに始めたのだが、同じような人も多く、セカンドライフにおける日本人ユーザーが爆発的に増えた時期でもある。
 もっとも、最初にセカンドライフについて知ったのは2006年の年末にネットのニュースを見たときだった。いよいよ日本にも進出するという内容の記事だったと思うが、ニュース記事からリンクされた公式サイトでアカウントを作ろうとして、英語表記の画面だったこともあり、やり方がもうひとつわからずに断念してしまっていた。いずれ日本語版がリリースされたときに改めて…と思いつつセカンドライフの存在自体を忘れてしまっていたのだが、日本語版リリースをきっかけに各種メディアで取り上げられたことで、ふたたび興味を引かれたのだ。
 そう、なにが一番興味を引いたかといえば、3D空間でアバターを操作するということだったかもしれない。
 2007年にセカンドライフを始めた人たちの多くは、仮想空間内で現実のビジネスに通じる収入が得られる、ということに注目していたようだが、自分としてはあまりその点についてのこだわりはなかった。というより、仮想空間内でのビジネスということがピンとこかったというべきか。
 それまでにもインターネットのチャットサービスを使っていろいろな人とチャットをしていたこともあって、新しいチャット仲間が増えるかもしれないということの方が、興味として大きかった。セカンドライフではテキストチャットを入力すると、アバターがあたかもキーボードを叩いているかのようなアクションをする。それも楽しかった。
 2007年当時、すでにMMORPGと呼ばれるオンラインゲームもそこそこの数がリリースされていて、そのひとつで遊んでもいたのだが、セカンドライフのアバターはそういったオンラインゲームのキャラクターに比べると数段見劣りのするものであったのは事実だ。
 運営会社がアメリカの企業であり、欧米人の感覚でキャラクターが作られているというのが大きな理由だったのだろうが、デフォルトのアバターはお世辞にもかっこいいとかキレイといえるものではなかった。
 それでも個人でキャラクターの容姿が編集できる部分が一般のオンラインゲームよりも多くて細かいので、ある程度自分の好みの外見に変えることは可能だった。
 とはいえ、いま当時のスナップショット(セカンドライフ内での画面写真をこう呼ぶ)を見ると、どうにも人間離れした容姿ではある。これは容姿編集自体に慣れていなかったことも要因のひとつだっただろう。
 3Dのアバターを操作するということで、日本人ユーザーの多くはセカンドライフを「ゲーム」と呼ぶ。けれど「ゲーム」という言い方がこの世界を言い当てているかといえば、それは違うとボクは思っている。
 たとえばRPGのようにキャラクターのレベルを上げるような必要は全くないし、この世界の中でなにをしても、いや逆に何もしなくても自由なのだ。もちろんリンデン・ラボ社が設定した「BIG6」という最低限のルールはある。これを侵すとアカウント停止なども行われる可能性がある。しかしそのルールの範囲であれば、どんなことをしても自由なのだ。
 セカンドライフにログインして画面に表示される風景、それ自体が各ユーザーによって作られている。リンデンラボ社が用意したまっさらな土地の上に建物を建て、木を植えていくのはユーザーなのだから。これもあらかじめ作り込まれている一般のオンラインゲームと違うところであり、強いて言えばクォリティーの面で少し劣る点でもある。
 セカンドライフを始めてから1年が過ぎ、3年たち、5年になり、気がつけば7年だ。
 自宅にはいわゆるゲーム機はなく、ゲームにハマるという経験もほとんどなかった自分が、これほどセカンドライフの世界にハマったのは、やはりチャットができる世界だったからだろう。逆に言えばセカンドライフにログインしても、誰ともチャットができないようなときはすぐにログアウトしてしまう。少なくとも自分にとってセカンドライフはコミュニケーションツールなのだ。

「一曲目は、吉田拓郎の『シンシア』でした。この曲は歌いやすいということもあって、毎回ライブのときには一曲目に歌わせてもらうことの多い曲です。次の曲は…あ、セカンドライフの中にお客様ですね。ヨウコさん、かな。いらっしゃいませ。よかったら聴いていってくださいね」
「こんばんは。はあい。ありがとう」
 YOUKOさんというアバターがテキストチャットで答えている。
 自分のアバターはステージの上でギターを弾いている。YOUKOさんは用意されているイスのひとつに座った。
「では二曲目。もう一曲吉田拓郎で『たどりついたらいつも雨降り』です」
 ボクはまたギターを弾きだす。
 YOUKOさんが「8888888」とチャットする。拍手のバチバチバチという音を数字の8に置き換えたものだ。セカンドライフのライブなどでは一般的に使われている。
 二曲目を歌っている間にふたりのアバターがやって来て、イスに座った。
 普段ライブをするのは午後の7時か8時から9時にかけての時間帯で、夕飯時とも重なりあまり観客が来ることがない。セカンドライフでライブを行っている、いわゆるセカンドライフ・ミュージシャンは午後の10時くらいからスタートする人が多いのだが、その場合ほとんどが録音した素材を流している。自分の場合生唄、生ギターなので午後の9時をタイムリミットに設定している。生演奏にこだわっている、といえば聞こえはいいだろうが、けっきょくは自分の唄を録音するのが面倒なだけでもある。とはいえ、セカンドライフ内では数少ない生演奏派といえるだろう。
「吉田拓郎で『たどりついたらいつも雨降り』でした。セカンドライフ内のお客様、いらっしゃいませ。古いフォークソングばかりですが、聴いていってくださいね」
「こんばんは」
「はい」
 とあとからやって来たアバターたちがチャットで答えた。
「では次の曲です。下田逸郎の『ぼくと逃げよう』」
 実を言うとネットラジオの音声がセカンドライフの中に流れるまでには、多少のタイムラグがある。「次の曲」と話し始めたときにチャットが表示されていたりする。だから、一応観客に挨拶はするが、マイペースで進行していく感じになる。歌っている間は譜面を見ているのでチャットの確認もしない。へたにチャットに気を取られると唄を間違えてしまうことがあるのも事実だ。と同時に、セカンドライフ以前にネットラジオ単独で聴いているユーザーがいるということも意識の中にはあって、セカンドライフの中のことだけで終始してしまうことに多少の抵抗がありもした。放送ソフトのリスナー欄では現在12人が聴取していることになっている。
 自分では「当たり前」になっていることも、それを知らない人にとっては「わからない話」にもなってしまう。「セカンドライフの中にネットラジオを流す」ということも、あるいはなにを言っているのかまるで意味がわからないという人もいるかもしれない。
 セカンドライフについては「仮想空間」ということですでに触れたし、これからもいろいろと説明していくことになると思うので保留して、ネットラジオについて簡単に説明しておくことにしよう。
 最近では『ニコニコ動画』のようにWEBカメラを使ったインターネットの動画配信が主流になっているが、それ以前はマイクを使ったインターネットラジオ放送が一般的だった。自宅のパソコンから独り言のような、あるいは深夜ラジオを真似たような放送を多くの人がしていた。場合によっては持っているCDの音源を勝手に放送することで著作権問題に発展したりもしたのだが、これは繰り返し起こっている。
 放送と同時にチャットサービスを併用することで、リスナーとリアルタイムで会話することもでき、送られてきたコメントを読み上げるというスタイルの放送もある。
 そして、そのネットラジオを「セカンドライフの中に流す」わけだが、セカンドライフの中で土地を所有すると、その土地に関するさまざまな設定が可能になる。そのひとつがネットラジオなどを土地の区画に流すというもの。アバターがその土地に入るとクライアントビュワーの音楽再生ボタンをオンにすることで、設定された音楽を聴くことができる。
 多くの場合24時間放送されている音楽番組が設定されているが、セカンドライフミュージシャンやクラブDJなど、自サーバーやネットラジオを利用して、ライブのときに放送局を変更して、自分の放送を流すというわけである。
 ボクのように趣味でギターを弾いている人間も多いが、けっこうセカンドライフミュージシャンはオリジナルの楽曲を持った、現実世界でも音楽活動をしている人たちが多い。2008年~2011年あたりが日本のセカンドライフミュージシャンがもっとも多かった時期だと思うが、セカンドライフ自体が日本国内でそれほどメジャーになれなかったことで、プロモーションの効果を得られずに離れて行ったミュージシャンも少なからずいるようだ。
 もしかすると、セカンドライフを利用した音楽のプロモーションということがまだ研究途上にあるのかもしれないし、ミュージシャン自身がプロモーターを兼ねるというスタイルに限界があるのかもしれない。
 2007、2008年頃には大手音楽レーベルもセカンドライフ内にSIMを持っていたが、目立った活動もなく撤退して行ったのは、仮想空間でのプロモーション活動が暗中模索であったことの証なのだろう。

 2007年、セカンドライフのアカウントを取得してログインしたとき、最初に表示されたのは広場のような場所だった。
 あとで知ったのだが、そこは「オリエンテーション・アイランド」と呼ばれる、セカンドライフのチュートリアルを体験するエリアだった。
 日本語に対応したとはいえ、そのすべてが日本語化されたわけではなく、また、世界中からアクセスしてくるユーザーが同じ場所で出会うことのできる世界でもあるので、日本語以外の言語がチャット欄を埋めていくこともある。ログインした広場にもすでに何人ものアバターがいて、チャット欄は次々に英語が表示されていっていた。
 もうひとつ、その時の状況で言っておかなければならないことがある。
 ログインしたとき、自分のアバターも含め、周囲のアバターや建物などが灰色のシルエットで表示され、なかなか本来のビジュアルを見ることができなかった。これは当時使っていたパソコンの能力不足によるためだ。
 正直なところCPUもメモリ量も、市販されているパソコンの中では上位のものだったのだが、3Dグラフィックをフルスクリーンで表示させるネット環境には、まだまだ力不足だった。つまり、日本国内においてセカンドライフを快適に楽しむことができたのは一部のゲーマーなど、フルスペックのパソコンを持っている人たちだけだったということができる。一般家庭のパソコンのスペックがセカンドライフを快適に楽しめるまでに向上するのは2011年以降だっただろう。2007年にアカウントを取得しながら、パソコンのスペック不足でそのままログインしなくなった人も少なからずいたようだ。
 とはいえ、自分自身のことをいえばパソコンのスペックなどには思いも至らず、単に回線が重いだけだろうくらいに感じていた。
 ようやく周囲の表示が終わると、画面上に進むべき矢印が表示されていた。RPGなどのイメージが強かった当時は、NPC(ノンプレイキャラクター)などに話を聞いて、次に進むべき場所を知るのだろうとぼんやりと理解し、矢印の方向にアバターを進めてみた。
 これは方向キーによるアバター操作の手順を学ぶチュートリアルで、そのあとアバターの飛行やチャットなどを学んでいく。
 路上に止まっていた車に乗って、運転の操作を学び(シートに座ったあとはアバターの操作と同じ、方向キーで運転できる)、一通りのチュートリアルが終了すると、次の場所への移動を促すSLURLが表示された。
 MMORPGなどで場所を表すのは「座標」と呼ぶのが一般的だろうし、セカンドライフでもSIM名+緯度・経度・高度といった数値になるのだが、それをWEBページと同じようにURLと表現する。セカンドライフ上のURL、つまりSLURLである。
 またSLURLへの移動も、歩く、走る、飛ぶという方法のほか、一瞬で(とはいえ回線の状況やパソコンのスペックなどにより多少時間のかかることもある)移動することができる。セカンドライフではテレポート(TP)と呼ぶ。これは、すべてのSIMが接続した状態になく、接続していないSIM間の移動は歩いたり飛んだりしてもできないことから考え出されたことなのだと思う。もちろん接続しているSIM間では歩いてもSIMの移動ができる。
 飛んでみると、そこは歩道橋のような場所で、近くに建物があり、そこにはアバターに着せる服など、無料のアイテムが並んでいた。
 しかしここで行き詰まってしまった。次にどこへ行けばいいのかまったくわからないのだ。
 チュートリアルが終了し、無料アイテムを提供したあとは、各自自由に楽しんでください。というリンデン・ラボの方針なのだろうが、言い方を変えれば「あとは勝手にしておくれ」と突き放したような印象でもある。もっともいま思えばチュートリアルの間に興味のある場所を検索したりして移動することを促していた箇所があったのだと思うが、日本語化されていなかったので、当時は理解していなかった。
 このあとどうしたらいいのか、どこかに次に行くべき場所を示したものがあるのではないか、とアイテムを配布しているモール周辺をうろうろしているうちに、日本語のチャットが飛び込んできた。
 どうやら近くに日本人ユーザーがいるらしい。周囲を見回してみると、モールの前に3人ほどのアバターが集まってチャットしていた。
「こんばんは」
 近くによってチャットで話しかけると、「こんばんは」「はじめまして」と返事が返ってくる。
「今日始めたばかりで、まだなにがなんだかわからなくて…」
「おれらも同じですよ」
「わたしもさっき始めたところです」
「ぼくは昨日始めたんですけどね。ここから先にどうやって進むのはわからなくて」
 どうやら他のユーザーも状況は同じらしい。
「いや、でも日本語で話せて安心しました。英語ばっかりで途方に暮れていたので(笑)」
「あはは、そうだよね」
「どこか面白そうな場所を検索して行ってみませんか」
「そうだね。検索してみよう」
 そう言ってしばらくチャットが中断したあと、ひとりが「面白そうなところがあった」と言った。
「先に行って、みんなを呼ぶよ」
 そういうとアバターの姿が消えた。テレポートしたようだった。

「いまのはちょっと古い歌謡曲で、ヒデとロザンナの『愛のポートレート』という曲でした。個人的には大好きな曲のひとつなんですが、あまり知られていないのが残念なところです。さて、時計を見ると…そろそろ言い時間になってきてしまっているので、最後にオリジナルの曲を何曲か歌って終わろうと思います」
 時間は午後の8時45分を過ぎようとしていた。21時をタイムリミットにしているので、あと3、4曲といったところだろう。
「では、オリジナルの曲で『冬紀元』です」
 コピー曲の場合、原曲のイメージでギターを弾けばいいのだが、オリジナル曲の場合は自分なりに考えた演奏ということになる。自分でも不思議なのだが、毎回弾くたび、歌うたびに微妙に違っている。残り時間が気になってやけにテンポが速くなるというのはまだしも、右手のストローク自体がその都度変わってしまったりする。もしかすると自分の中で、きちんとこの曲はこの演奏法というのが確立されていないからかもしれない。もっとも聴いているリスナーは、毎回同じではないだろうし、そんな違いには気づいていないかもしれない。

※この作品は書きかけです。いずれ完成した際には電子書籍等で発表します。

2014年1月29日 (水)

跡見恭介ファイル■新小岩の黄昏(仮・未完)

 JR総武線、新小岩駅。
 都内に住んでいるとその駅名はどこかで見聞きすることがあるようで、地名自体はわりと知られている印象なのだが、実際に行ってみたことがあるかといえば、たいていは「ない」と答えるだろう。
 総武線快速も止まる、駅としてはそこそこの規模なのだが、駅ビルがあるわけでもなく、わざわざ他の地域から足を運んでくるようなショッピングセンターや娯楽施設があるわけでもないから、新小岩駅を利用する地元住民かその住民のところに遊びに来る以外、新小岩で下車する機会がないのは事実だ。
 そんな新小岩の駅の近くに探偵事務所を構えて数年になる。
 生まれたのは武蔵野市だったが、父親の仕事の関係で幼稚園の頃に墨田区に転居し、高校卒業と共に杉並区にアパートを借りて独り暮らしをし、その後何回か引っ越して、いまは事務所兼自宅の、この新小岩にいる。
 当初は錦糸町の周辺でマンションを探していたのだが、知り合いの弁護士に紹介されたいまのビルの最上階に落ち着いた。1階は中華料理と焼肉店が入っているが、2階から7階はバーやスナックという、水商売ばかりのテナントビルで、最上階の2LDKは住み込みの管理人用に作られていたのだが、結局管理人を雇うこともなく、更に言えば格安で借りることができたのでここに事務所を構えることとなった。路地を挟んだ隣を含め、近所にラブホテルが4件もあるので、地元の浮気調査には便利な場所とも言えた。
 新小岩駅を中心とした「新小岩」という地区は葛飾区に属する。しかしちょっと歩けばすぐに江戸川区に入り、地図で見ると新小岩という地区だけが、江戸川区に突き出したように見える。以前には江戸川区に編入したいという地域住民の運動もあったそうだ。
 葛飾といえば柴又や亀有が知られていて、新小岩は確かに江戸川区というイメージの方が強いかもしれない。
 8階のベランダから見下ろす新小岩の街は、特に特徴があるわけでもなく、下町といえば下町だが、それにしては中途半端に都会化している印象がある。もっともそれはこうして俯瞰して見ているからであって、南口のアーケード商店街などを歩いてみれば、やはり下町らしい匂いが漂ってくる。駅前に大手のスーパーがあるにしては、商店街の賑やかさは格別で、わざわざ電車でやって来る場所でもないのだから、周辺住民の活気は都内でも有数と言っていいかもしれない。
 ひと言で言って「面白い街」だ。
 しかし、街が面白いからといって探偵の仕事が多いというわけではない。
 もちろんテレビドラマやハードボイルド小説で描かれる探偵と違って、現実の探偵の仕事といったら地味なもので、もともとそれほど繁盛するものでもない。
 浮気調査や素行調査といった、人の秘密を覗き見るような仕事が大半なのであって、神経をすり減らす仕事といっていい。
 それに、雑誌や新聞の折り込み広告で宣伝している大手の事務所に仕事は集まり、わたしのようなひっそりと個人でやっているような探偵事務所に仕事を依頼するようなケースはあまり多くない。それでいまの事務所の物件を紹介してくれた弁護士から廻されてくる調査の仕事を引き受けることが多くなるというわけだ。

 風の匂いで季節を感じるということが、年に数回ある。
 その日の風は夏の匂いをともなって吹いていた。
 わたしは窓から流れ込んでくるその風の匂いを感じながら、昨日の浮気調査を報告書にまとめていた。何時にラブホに入り、何時に出てきた。入るときと出てくるときに隠し撮りした写真を添える。依頼主の奥方は、これで離婚の理由ができると喜ぶだろう。そう、単に夫に疑惑を持ったからではなく、離婚する理由を探しての素行調査なのだ。相手が嫌になったから別れるというわけには、いまの世の中なかなかいかないようだ。相手につけ込まれる隙があれば、有利に離婚の話が進められる。これもご時世か。
 報告書がまとまり、ひと息入れようとコーヒーをキッチンに取りに行こうとしたとき、ドアのチャイムが鳴った。
 めったに来客があるわけでもなく、仕事の依頼ならまず電話をかけてくるので、ふいのチャイムには慣れていない。
 ドアの前まで行って「はい」と声をかけてみる。するとドアの向こうで男の声が小さく聞こえた。
「あの、跡見探偵事務所というのは…ここでよかったでしょうか」
 わたしはドアを開き「そうですよ、ご依頼ですか」と答え、そうだという男を中に招き入れた。
 男は20代半ばくらいに見えたが、社会人というよりは学生かアルバイターといった雰囲気だった。紺のシャツの下にグレーのTシャツを着て、ジーンズをはいていた。
「それで、ご依頼の件というのは」
 わたしは男にコーヒーを出しながら言った。
「あの、このビルの2階にニューハーフのお店があるんですが、ご存知ですか」
「ニューハーフの店。…そういえば最近新しい店がオープンしたような気もするけど」
「いえ、たぶんそこじゃないです。ニューハーフのお店は半年くらい前にオープンしてますから」
「あ、そうでしたか。同じビルといっても下の階の店に関してはあまり関心がないものだから」
 わたしがそう言うと、男は「そうですか」と言ってしばらく黙っていた。
「で」とふたりの声が同時に出た。
「どうぞ」
 わたしは少し苦笑を交えて言った。
「はい、すみません。で、ですね、そのお店のママなんですが、ミコさんという方なんですが…その人のことを詳しく知りたいんです」
「なるほど」
 たまにこういった依頼が来ないわけではないが、家出人の捜索や不倫の素行調査と違って、ストーカーの手助けになってしまうこともあるので、たいていはうまく断ることにしている。この場合もまず、探偵の素行調査にはけっこうな料金がかかることから説明した。
「そうですか、意外とお金がかかるんですね」
「それなりの仕事はさせてもらいますが、それだけの価値があるかどうかは依頼される方しだいですね。そのバーのママとはどのような関係なんです」
「あ、いや…その、単に客とママというだけで…」
「なるほど。それでしたら高額の調査料を払ってまで調べるのはどうかと思いますよ」
「そうですねえ…ちょっと考えてみます」
 男はそういうと立ち上がったので、わたしも立ってドアの前まで送っていった。
「また何かありましたら、どうぞ」
「はい、ありがとうございました」
 男は軽く頭を下げて帰っていった。
 それにしても同じビルの中にニューハーフの店ができていたことにはまったく気付かなかった。飲みに行くといえば歩いて数分のところにある「森海舎」というバーばかりだから仕方がないのかもしれないが。
 コーヒーを入れ直し、デスクに戻る。メールの確認をしていると、窓からまた風が吹き込み夏の匂いを運んできた。なんとものどかな気持ちになって、仕事をする気も失せてしまう。とそんな気分のわたしを咎めるように電話が鳴った。
「跡見探偵皺所ですか」
 電話の向こうで男の声がいった。ちょっとかすれたようなその声には聞き覚えがあるような気がした。
「はい、跡見です」
「大隅です。覚えてるかな」
 相手は4、5年前に関西に引っ越していった同年配の同業者だった。東京にいた当時にはときどき酒を飲みに行くような仲だった。
「久しぶりだな。元気ですか」
「おかげさまでね。いま東京に来てるんだ。久しぶりに今夜、飲まないか」
「いいね。よかったらこっちに来ないか。いい店があるんだ」
「新小岩だったな。19時くらいでいいか?」
「了解。それじゃ、今夜」
 大隅と会う前に依頼人に報告書を届けてくる余裕は充分にありそうだった。

「確かにいい店だ」
 大隅を行きつけのバー「森海舎」に連れて行くと、まず彼はそう言った。
 照明の光度を落とした、カウンターのみのこじんまりとした店だが、ボトルの種類は銀座のバーにも劣らない。むしろレアなボトルが入るのを目当てに遠方から通ってくる常連がいるくらいだ。
「それにしても、おまえそんなに飲めたんだっけ?」
 大隅がからかうように言う。大隅と一緒に飲んでいたころはビールの中ジョッキで顔を真赤にしていたのだから、そう言われても仕方がない。もっともいまでも量が飲めるわけではなく、ウィスキーをゆっくりちびちび飲んでいるだけのことなのだが。
「いらっしゃいませ。なにを差し上げましょうか」
 バーテンドレスの紀子が声をかける。
「そうだな…バーボンで。なにがあるの?」
「バーボンでしたら…」
 と紀子がバックバーを振り返り、そこに並ぶボトルの中から2、3本をカウンターの上に出してくる。大隅は紀子の説明を聞いてそのひとつを選んで注文した。
「飲み方はどうしますか?」
「ロックで」
「かしこまりました。跡見さんは?」
「ラフロイグ」
 わたしはいつものようにアイラモルトを注文する。飲み方はいつもストレートだ。
「おまえ、彼女が目的で通ってるのと違うの?」
 紀子が酒を用意しているあいだに大隅がわたしの耳元で囁いた。
「それはないよ」
「ほう。でもかわいい子じゃないの」
 そういえば、紀子は大隅の好みのタイプだったかもしれない。
「東京にはいつから来てるの」
 それぞれ酒にひと口付けてからわたしは聞いた。
「一昨日からだ。仕事でね」
「もう片づいたのか。相変わらず仕事が早いなあ」
「いや。だいたいの目星はついてはいるんだけどな。まあ、久しぶりの東京だし必要経費で羽を伸ばさせてもらってるところだよ。今日はおごるぜ」
 大隅はそう言って笑った。
 そのあと当たり障りのない世間話をしながら飲んでいると、弁護士の真希が、少し遅れてフリーライターの神月が店に入ってきた。ふたりともここの常連だ。
「真希。大隅さん、覚えてる?」
 わたしの隣に腰掛けた真希にそう言ってみた。
「大隅さん? ああ、お久しぶりです。お元気でした?」
「うん、元気でしたよ。真希さんもお元気そうで」
 大隅がまだ東京にいたころには、わたし同様に真希から仕事をもらってたこともあった。
「神月さん、こちら古い友人で大隅さんです」
 真希の向こうに坐った神月にも大隅を紹介する。
「神月です。跡見さんにはお世話になってます」
 神月とはこの店で知り合い、ほとんど外で会うことはないのだが、フリーライターという職業柄雑多な知識を持っているので会話の端々から仕事のヒントをもらうことが多い。また風俗関係にも強いので情報を得ることも多かった。
「いや、世話になってるのはこっちのほうで」
「大隅です。いまは関西に住んでまして、久しぶりに上京したんで跡見に連れてこられました。よろしく」
「跡見さんと同業の方なんですか?」
「ええ」
「なにか面白い話があったら聞かせてくださいよ」
「彼、フリーライターなんだ」
「なるほど。ネタになるような話があったかなあ」
 と大隅はごまかすように笑った。もっとも神月の「面白い話があったら」というのは社交辞令のようなもので、初対面の相手には必ず言うセリフのひとつだった。

 懐かしい友人とうまい酒、昨夜は久しぶりに飲みすぎてしまった。
 大隅もホテルに帰るのが億劫になったようで、わたしの事務所のソファで寝てしまった。
「おう、おはよう。昨夜は付き合わせて悪かったな」
 リビングに入ると、ソファに腰掛けてたばこを吸っていた大隅が言った。
「いや、こっちこそ。ごちそうさまでした」
「いい店だったよ。こっちに戻ることがあったら通いたいところだ」
 わたしは微笑んで、自分と大隅にコーヒーをいれる。
「で、こっちにはいつまでいるの」
「そうだなあ、あんまり長引いても依頼人の機嫌を損ねるからな。今週いっぱいってところか」
「そうか。で、こっちでの仕事というのは? 人探しか何か?」
「家出人探し、だけど、これがまあ、探すというよりは説得して連れ帰るっていう感じでな」
「ふむ」
「まあ、どうしても帰りたくないということなら、依頼人にそう伝えるだけだがね」
「その口ぶりだと、説得が難しいって感じだな」
 大隅はわたしの言葉にふっと笑ってから答えた。
「跡見、おれもいろいろな家出人に会ってきたけど、今回はどうしたものかと思ってるよ」
「というと?」
「まあ、家出するという時点でそれまでの生き方とは別の人生を選択するということだとは思うんだが…」
「ああ…」
 わたしは大隅がなにを言おうとしているのかよくわからなかった。
「今回の家出人は、本当にそれまでの人生とは別の生き方を見つけてるみたいなんだな。素直に家に戻ってくれるのか、自信がないよ」
「なんだよ、もったいぶってるな」
「はは、そういうわけじゃないんだがな。実は性転換してたんだよ、その家出人が」
 わたしは返す言葉がなく、口を中途半端に開けて大隅の顔を見ていた。
「それは…家族は知らないのか」
「いや、報告は受けているらしい。その上で家に戻ってもらいたいということで、説得役を請け負ってきたんだが…本人は家族とは縁を切る覚悟だと言っててな」
「なるほど」
「今日も会ってみるつもりだよ。…今何時だ。あ、そろそろホテルに帰って着替えておくか」
 大隅は時計を見るとそう言って立ち上がった。午前11時に5分ほど早かった。
 わたしは「がんばれよ」と見送り、関西に帰る前にもう一度連絡してくれるよう言って別れた。

 当面の仕事もなく、午後は10日ぶりにフリーの時間を過ごすつもりでコーヒーをいれ直し、事務所のソファに腰を下ろすと、ドアのチャイムがなった。
 新聞の勧誘でも来たのかと思いながらドア越しに声をかけると「跡見探偵事務所はこちらでしょうか」という女性の声が聞こえた。
 わたしはドアを開けて女性を迎え入れると、ソファを勧めて来客用にコーヒーを入れた。
「それで、ご要件は」
 わたしは向かい合って座り、相手を観察しながら言った。
 肩にかかる黒い髪はストレートで、前髪は目の上で揃っていた。二重の目に小振りな鼻、少し大きめに思える口だが、下品な感じではなかった。
 モスグリーンのノースリーブのワンピースがよく似合っていた。
 彼女はひざの上に乗せた自分のバッグに両手を置いて、その手を見つめてしばらく黙っていた。
「あの、ストーカーのご相談なんですが」
 思い切ったように瞳を私に向けて彼女は口を開いた。
「ストーカーですか。警察の方にはご相談されたんですか。あちらならお金もかかりませんよ」
「それはわかっていますけど、ちょっと事情があって…」
「それはストーカーに関係したことですか?」
「いえ、それとは別の…。実は…」
「いいですよ、関係のないことであればうかがう必要はありません。ただ、その事情がストーカー行為に影響のあることなら聞いておかなければなりませんが」
「それはありません」
「では、そういうことで。ストーカーのことを詳しくお聞きしましょう」

************

 書きかけの作品ですが、近いうちに完成させて電子書籍で刊行するつもりです。

2006年11月11日 (土)

■冬の最初の日

 少し前から胃のあたりがチクチク痛むとは思っていた。前の夜食べすぎたとか、飲みすぎたとかいった程度のことだと思い込むようにしていたのかもしれない。しかし、ついに宣告はやって来た。

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2006年11月 9日 (木)

■冬の星空

 星明りが冷たく凍って夜空に貼りついていた。
 頭の真上に、半分の月があった。
 こんな冬のそらを、もうずっと昔にも見上げていたような気がする。
 星や宇宙に憧れのような気持ちを抱いていた、少年のころだったかもしれない。
 星の位置になにかの啓示を求めるような、ロマンチストではなくなった自分がここにいる。あのころ、なぜあんなにも、目に見えないものを信じられたのだろう。
 それでいて、未だに空想の世界に浸っている。しかしそれは、信じているのではなく、空想を楽しんでいるのだ。いま見上げている星の世界を、暗い宇宙に浮かぶ地球を、空想しては物語にして生活している。
 生活のために空想することが常となり、空想は読者(厳密に言えば編集者)と共有するものになった。
 空想するという自由な気持ちはしかし、自由な翼を失い、より多くの人々に共感されるべきものになる。自分だけが楽しめる空想の多くは人々の共感を得られなかった。
 冷たく光る星明りを見上げながら、あのころ思い描いた夢を、漠然と思い出してみる。懐かしさに胸が熱くなっても、その夢は他人と共有できるものではないという、醒めた感覚も沸いてくる。
 深夜の冷たい空気に包まれながら、作家はたまらなく寂しい気持ちを抱いて立ち尽くしていた。

2005年6月22日 (水)

小説・ウルトラマン/大地の子守唄

ウ ル ト ラ マ ン / 大 地 の 子 守 唄      結 城   涼 

      1
 科学特捜隊作戦本部のドアが開き、ハヤタと新隊員のアヅマが入ってきた。
「ハヤタ、アヅマ、パトロールから戻りました」
 敬礼する二人の隊員にムラマツ・キャップが「御苦労」と応じる。
「どうだアヅマ、もうだいぶ慣れたかね」
「はい。ハヤタさんが親切に教えてくださるので」
 アヅマが明るく答えてハヤタを見る。
「それはそうとキャップ、他のみんなは」
「うむ。イデとマツモトくんは研究室だ。アラシとフジくんには『ナチュラル・レジャー・ランド』まで調査に行ってもらっている」ムラマツは自分のデスクに戻って地図を広げた。
「『ナチュラル・レジャー・ランド』。去年オープンしたゴルフ場や遊園地など、自然の環境の中でレジャーを楽しめるという、あれですか」アヅマが地図を覗き込んで言った。
「何か事件でも」ハヤタが聞く。
「まだわからんな。とにかく警察では手に負えないらしい」ムラマツが二人の顔を見比べてから地図の一点を指した。「ここだ。もうアラシ達も着いているだろう」

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2005年6月 8日 (水)

小説・ウルトラマン「緑の海原」

 海は緑に染まり、青い水平線はそこには無かった。波打ち際はまるで湿原のように海藻が密生し、それがはるか海上に続いているのだけが見えるばかりだった。直径十キロにも及ぶ海藻の異常生長海域はさらに広がる様相を呈し、すでにスクリューを海藻に捕られ立ち往生し、放棄された漁船なども数隻が視界の隅の方で、夏に近い太陽の光りを浴びて海藻の上に横たわり、その姿は時間までもが死んでいるかの如く、静かすぎるように見えた。

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