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    「ANOTHER STYLE」はフリーライターのグループ「涼風家(すずかぜや)」のメンバーによるWEBマガジンです。2010年4月21日より毎週水曜の更新で「ニューハーフという生き方」を連載開始。取材させていただけるニューハーフの方も募集しております。

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アルファポリス

2017年11月16日 (木)

書籍■ニューハーフという生き方

 もうずいぶん昔になってしまいますが、ひらく/ごま書房から『ニューハーフという生き方』という単行本を出しました。
 この本の刊行がきっかけで「シーメール白書」での連載が決まったりもしたのです。

 すでに絶版になって久しいのですが、Amazonで中古本が買えるようです。
 興味のある方はどうぞ^^

 ニューハーフという生き方/Amazon

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2013年9月 7日 (土)

ニューハーフという生き方■「Second Life」でLGBTのお茶会

 当ブログの人気記事というと、緊縛アートとニューハーフ関連になるわけですが、仮想空間「Second Life」内にあるコミュニティ「LGBT Tokyo」において、深夜の女子会(お茶会)が予定されているとのことで、ニューハーフ関連の記事をお読みの方で興味のある方には参加していただければと思っております。

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「Second Life」はアメリカのリンデン・ラボ社が運営する仮想空間で、無料で楽しめるアバターコミュニティと思っていただければ間違いないと思います(安直に「ゲーム」と説明してしまうとちょっと違うのですよね)。
 アバターはデフォルトでもかなりの数が用意されていて、その中から選択してもいいのですが、無料で配布されていたり、「Second Life」内通貨リンデン・ドルで購入するものもあります。精度の高いものはやはり購入した方がいいでしょう。リンデン・ドルはクレジットカードの登録などで購入できるほか、「Second Life」内でカフェの店員などの賃金として得ることができます。
 とりあえず「Second Life」を始めてみようと思われた方は「オフィシャルサイト」をご覧ください。
 すでに「Second Life」の住人になっている方は、「ソラマメ」のブログなどでLGBTの情報を見て、お茶会に参加していただければと思います。
 当日は「涼風家」メンバーの結城あやも参加していると思いますが、猫目ユウも参加できれば顔を出すつもりです(ただ、スタート時間が深夜ということなので、どうなるか…)。

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 お茶会への参加に限らず、女性(または男性、つまり異性)として活動してみたいと思われている人たち全てに「Second Life」をオススメいたします^^

2013年1月27日 (日)

ニューハーフという生き方■ニューハーフ雑誌アーカイブ①「トランスセクシャル」

 これまでいくつかのニューハーフ専門雑誌が書店の店頭に並べられてきたが、その歴史自体はそれほど古いものではない。「ニューハーフ」という言葉自体が80年代に作られたものであることからもそれは明らかだろう。
「シーメール白書」「ニューハーフ倶楽部」といった一般書店のアダルト本コーナーに並んだ専門誌のほかに、通販やアダルト本専門書店にだけ卸され販売されていた、いわゆる直販誌があったことをご存じだろうか。今回はその直販系ニューハーフ専門誌のひとつについてご紹介したいと思う。
 直販誌というのは、80年代にビニール本ブームのおり増加したアダルト専門書店(いわゆるビニ本屋)に向けて、取次書店を通さずに流通していたアダルト誌を主に指す。直販誌の出版社はいくつかあったが、東京では「ジャクソン」という版元がロリコン誌を中心にかなりの量を手がけていた。もともとがビニール本から始まっているので、雑誌の体裁もグラビア誌、写真誌に近い形状であったが、全ページをカラーで制作するのはコストもかかるので記事ページなどのモノクロページで半分くらいを埋めていたようだ。
 直販系のニューハーフ誌というのは、実は「シーメール白書」よりも創刊が早い。それだけ時代に敏感な業界だったとも言えるだろう。「ジャクソン(誌面上は丹青書店/ペガサスブックスと表記)」からは「トランスセクシャル」そして「ハーフセクシャル」の2誌が刊行されたが、まもなく「シーメール白書」などが取次経由でも創刊したりして、それぞれ短命に終わった。もっともビニール本書店でアダルト本を買う層にニューハーフ誌のニーズがなかったというのが実態かもしれない。
「トランスセクシャル」の版元は前述した通り「ジャクソン」という会社だったが、ここは編集作業は外注の編集プロダクションに一括していた。「トランスセクシャル」の編集作業はAV監督としてのちに知られることになるラッシャーみよし氏ひきいる「ラッシュ」という編集プロダクションだった。
 直販誌は制作経費も少ない。したがって取材や撮影もコンパクトに予算を組むことになる。「トランスセクシャル」でも都内(主に新宿近辺)のニューハーフパブやまだ都内にも数件しかなかったニューハーフヘルスを中心に店内での取材・撮影が中心になっていた。もっともラッシャーみよし氏がからんでいることもあり、ビデオ版「トランスセクシャル」なども発売されたことで、ビデオ撮影に併せてのグラビア撮影も行われていたようだ。
 誌面はいま見るとやはりモノクロページは大胆なまでに大雑把。同じ写真をネガ状態で掲載したり見開きで1枚の写真を使ったりしていて、明らかに撮影の手間を省いている。記事の方はグラビアに登場したニューハーフのインタビューや、誰とはわからないニューハーフ達の告白(これはライターの創作かもしれない)など。ニューハーフ雑誌としてシリーズ発行された、当時唯一のものだけにこの内容でもマニアには貴重だったはずだ。
 それにしても懐かしい顔が並んでいる。
 いまはニューハーフクラブやヘルスの経営者となって第一線からは退いているあの人や、当時人気だった「彼女」を見るのは何年ぶりだろうか。
 ビニール本の流れをくむ直販誌ではあったが写真自体はそれほど過激なものは少なく、ぼかしやモザイクのあるグラビアは皆無といっていい。それどころか着衣(下着も含めて)での写真が大半という印象である。これはぼかしやモザイクの処理が面倒ということもあったと思うが、時代的に「ニューハーフ」としての魅力にまだ世間が目覚めていない時期ということもあったのではないかという気がする。女性の体にペニスがついているという今であれば当然の象徴的な部分を、この当時はまだ隠しているのである。女性のようなルックス、でもほんとはついてるのよという雰囲気をかもしだしていた。
「トランスセクシャル」は最終的に7号まで刊行され終了した。誌面中の版元の広告では創刊号や第2号などは残部希少扱いになっていて、予想よりは売れていたようだが、全体のニーズとしてはまだまだというのが実態だろう。
 ところで「トランスセクシャル」が刊行された背景には、テレビなどにニューハーフが
出演していたということもあげられる。深夜番組はもちろん昼間のバラエティー、そしてゴールデンタイムのバラエティーにもちょくちょくニューハーフ(主に六本木などのクラブ所属のニューハーフたち)が出演していた。もちろん準芸人的な扱いではあったが、ニューハーフという存在が世間一般に知られるようになったキッカケではあっただろう。そこに特殊ビデオに詳しいラッシャーみよし氏が注目してニューハーフをテーマにまず雑誌から、と手がけたというところだったのではないかと思う。
 先にも述べた通り低予算で仕上げられたのは誌面からも一目瞭然で、巻頭グラビアの写真はインタビューページその他で使い回されており、1ページ大、見開き大で1枚の写真を使うなど極力掲載写真の点数を抑えるような編集・レイアウトになっている。なかにはバカバカしすぎる企画(女の子の写真とニューハーフをならべて、ニューハーフは誰かというクイズのようなもの)もあったりする。
 結果的にこの「トランスセクシャル」が直販系ではありながらそこそこの存在感を示したことで「シーメール白書」など取次書店系の雑誌の創刊につながったわけで、その意義は小さくはない。また一部のマニアにしか知られていなかったニューハーフヘルスの存在を広めたという功績もあるだろう。すでに一部では制作されていたニューハーフAVも本誌の存在によって市場が広がったはずだ。そういった意味でその後のニューハーフメディアの基礎となったということは間違いないと思える。
 当時も直販ということで広く知られることはなかったが、いまとなってはその存在自体知る人も少なくなっていることだろう。それでなくてもアダルト系雑誌の書誌などハッキリしないものが多いのであるから、こういった機会に記録しておくことも意義があることだと思う。ことにニューハーフ専門誌としては外せない位置にある雑誌のひとつなのだから。
 

「トランスセクシャル」
発行元:丹青書店/ペガサスブックス(ジャクソン)
編集:ラッシュ
刊行時期:1990年代前半(直販誌のお約束で発行年月日の記載は無い)
刊行巻数:1~7+別巻

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初出:ニューハーフ時代

2011年12月15日 (木)

お知らせ■ニューハーフ時代、発売中

 かつては複数のニューハーフ専門誌が発売されていましたが、いつのまにかそのすべてが姿を消すという寂しい状況になってしまいました。
 そんなときマイウェイ出版より「ニューハーフ時代」が創刊されました。
 コラムなどで参加いたしましたので、ぜひお手にとってご覧いただければと思います。

2010年7月21日 (水)

ニューハーフという生き方/激白人生■21:川口由夏

川口由夏
31歳 T169 /B95・W65・H88
●昨年3月練馬で「club LADY SOUL」をオープン。11月に新宿・歌舞伎町に移転。美人ママとして大忙しの毎日だ。

「club LADY SOUL」●住所:東京都新宿区歌舞伎町2-30-2第5本間ビル2F・B号室

--店に入ると、奥から出てきたのは華やかな印象の由夏だった。きっと何も知らずに来た客は、由夏がシーメールなどとは思いもしないだろう。Fカップの大きな胸男を魅了するような瞳…、すべてが魅力的な人である。

OLとして働いていたことも…

 水商売に入ってから、まだそれほど経っていないんですよ。4年くらい前ですね。その前はコンピュータ関係の会社でOLしてました。まあOLっていっても入社自体は男として入っているんですけど、職場はわりと自由な服装だったし、周りも違和感なく受け入れてくれてたんで、女性っぽいというか、中性的な服装で仕事してました。化粧もしてましたよ。そんなバッチリしたものじゃなく、軽くでしたけど。髪も伸ばしてましたね。3年…半くらいかな、勤めていて、やっぱり上の方からときどき文句を言われたり、イロイロ話し合ったりもしましたけど、けっきょく辞めることにして、仕事を探しているときに、知り合いからニューハーフのお店を紹介されたんですね、歌舞伎町の。
 OLやってた時期からホルモンは始めてて、去勢も5年前にしました。実はこのとき性転換をするつもりで準備していたんですよ。病院も予約していて、あとは手術を受けるだけだったんですけど、院長先生がトラブルに巻き込まれちゃって、その時点で予約していた人は全員キャンセルになってしまったんです。そのときはショックでしたけど、すぐに考え直して少しずつしていけばいいかって。で去勢して、胸は水商売を始める前に大きくしました。いずれは性転換するつもりです。

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2010年7月14日 (水)

ニューハーフという生き方/激白人生■22:あずさ

あずさ
35歳 T163 /B85・W64・H85
●高校生のころまでは純女が好きだったというユニークなニューハーフ。週末は平塚の「ラビリンス」でホステスとして元気に働いている。個人ホームページには「ラビリンス」のホームページから入ることができます。

「ラビリンス」●住所:神奈川県平塚市見附町26-15ナミエビル1階

--店に入ると「やだあ、ちょっと待って。まだ準備が出来てないのよ」との声。約束の時間より少し早めに着いてしまったようだ。中に通され、あずさサンの準備が出来るまでしばらく待つことになった。そして化粧を仕上げてテーブルに付くなり、マシンガンのように話しだすあずさサン。彼女のパワーで店の雰囲気がガラッと変わってしまうほどだ。

女の子にモテモテだった少年時代
 わたし、ほかのニューハーフの人たちとかなり違うと思うのよ。例えば、たいていのニューハーフって子供のころから男の子が好きだったとか、自分を女の子だと思ってたとか言うでしょ。でもわたしはそういうのないんですよ。子供のときっていうか、高校生くらいまで、いまでいうイケメンっていう感じで女の子にモテモテで、自分も女の子と付き合ってたりしてたのよね。もちろんセックスもしてたわよ。だからもう身も心も男そのものだったわけ。風俗にも行ったことありますから。
 成績もまあまあ上の方だったしスポーツが得意だったから、女の子にモテる要素はあったのよ。こっちがその気なら不自由しないって感じかしら。自分としても女の子が大好きだったしね。
 でも、その女の子が大好きという感覚が、周りの男連中とちょっと違うなと思い始めたのよ。どういうことかっていうと、女の子の自由な感じとかカラフルな感じ、ヴィジュアルとかがわたしは好きだったんだけど、普通の男ってそういうのとは違うでしょ。そのうちセックスしてても、男より女の方が気持ちいいんじゃないかとか世の中男社会って言われてるけどホントのところ女が中心になってるんじゃないかって思い始めたわけ。それで自分が女になってみたらどうだろうとか、1度女になってその気分を味わってみたいとか思うようになっていたわけよ。
 もう高3も終わりのころだったと思うわね。姉の服を黙って借りて着てみたら、鏡に映ってる自分がなかなかイケるのよ。クラスの女の子たちの半分くらいには勝ってるじゃない、ってくらい。それで時々姉の服を着るようになっていってのめり込んでいったのね。 そのうちメイクもしてみるようになったんだけど、何回か試しているうちに「コレだ!」っていう感じでバッチリ決まっちゃったのね。ものすごくキュートだったわよ、そのときのわたしは。

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2010年7月 7日 (水)

ニューハーフという生き方/激白人生■23:樹里

樹里
22歳 T165 /B90・W65・H83
●八王子の「さいぼーぐ」に在籍中の彼女は、Fカップのオッパイが自慢という可愛いシーメール。ちょっと神田うの似で笑顔がすごくキュートです。

「さいぼーぐ」●住所:東京都八王子市三崎町5-4ユーポートビル21 3F

--ヨロシクお願いします、と現れた樹里チャン。その可愛さにひと目見た瞬間からヤラれてしまった。もちろんどうしても目が行ってしまうFカップのオッパイもそうなんだけど、話しているときの表情の愛らしさといったら…。

女の子だと信じていた子供のころ
 自分が周りの男の子違うって感じたのは、もうずっと小さいころからですね。というか3、4歳のころから自分は女の子だって思っていたんですよ。だから逆にだんだん大きくなるにつれて自分が男の子だったんだって気が付いたっていう感じですよね。小学校に入ったころとか、集団生活の中でアナタは男の子の仲間って感じで区別されるじゃないですか。
 イジメみたいなのもありましたよ。「男のクセに」とか「女みたい」とかはよく言われてました。 それでも自分は自分っていう感じでツッパッてたんですけど、中学に入るころになると、自分の身体が男になってくるじゃないですか。そのことでずいぶん悩んだりしましたね。
 ニューハーフという存在を知ったのはやっぱりテレビです。バラエティーとかにニューハーフのキレイなお姉さんなんかが出ているのを見て、自分もこんな風になりたいって憧れてました。その一方で、さっき言ったように自分の身体がどんどん男になっていって、あのお姉さんたちはどうやって、あんなにキレイにしていられるんだろうって思ってましたよ。

ニューハーフはテレビで観るだけ
 出身は東京です。ずっと八王子なんです。都内に住んでるから新宿2丁目なんかにも行ったんだろうって思われるんですけど、そういう情報がぜんぜん入って来なくて、知らなかったんですよ。ニューハーフはテレビで観るだけで、そういう専門の雑誌なんかも見てなかったし。
 でも化粧とか女装みたいなことはけっこう早くからしてました。 中学のころから髪も長めにしてましたけど、高校が定時制だったんで、思いっきり伸ばして女の子みたいな服装で、メイクもしてましたね。学校では女生徒に見られてましたよ。
 女の子の下着を買ったりするのもぜんぜん抵抗はなかったなあ。女の子の友達と下着売り場に行って、恥ずかしいとかも思わないで選んでましたから。
 高校のころはナンパもけっこうされました。外見はホントに女の子だったんです。

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2010年6月30日 (水)

ニューハーフという生き方/激白人生■24:ごりえ

ごりえ
21歳 T178 /B90・W67・H96
●町田の「MANDARA」を中心に、姉妹店の新宿2丁目「笑ルーム髭ムスメ」にも出勤。ごりえという名前はママが「アナタ顔がキレイだから『ごりえ』にした方がウケるわよ」と付けてくれたのだとか。

「MANDARA」●住所:東京都町田市原町田6-14-8東亜ビル5F

--取材のアポをとるとき、その丁寧すぎる電話の応対に驚かされた。声のイメージでは和服の似合う料亭の女将という感じ。取材当日、現れたのは女子大生風の活発な女の子という印象のごりえサンだった。名前の印象を裏切る美人系のルックスは写真で知ってはいたが、やはり実際に目の前にすると嬉しいものだ。そして取材が始まると彼女の本当の姿が顔を出し始める。実は仕事では客を楽しませるためならヨゴレも引き受けるコミック系だったのだ。

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2010年6月23日 (水)

ニューハーフという生き方/激白人生■25:アンナ

アンナ
25歳 T169 /B34・W25・H34
(スリーサイズはインチです)
●ノリがよくてキュートなアンナさんは完全性転換済み。顔が小さいところが自分でも気に入っているのだとか。歌舞伎町の夜は、アンナさんで決まりです。

「Club MiSuTeRu」●住所:東京都新宿区歌舞伎町 2-22-13  ADビルB1

--美人だけど一見して日本人じゃないとわかるアンナさんが今回の取材対象とわかったときは正直戸惑った。日本語が通じなかったらどうしよう、と思ったのだ。しかしそんな不安はすぐに吹き飛んだ。彼女、日本語ペラペラだったのである。

日本生まれのフィリピン人アンナ

 あたしのお父さんはアメリカ人お母さんはフィリピン人。そしてあたしが生れたのは沖縄。そう、生れたのは日本なのよ。お父さんが米軍にいて沖縄の基地にいたときに生れたの。日本にいたのは3歳までで、そのあとはフィリピンで19歳まで。
 そう19歳でまた日本に戻ってきました。もちろんそのときはもうニューハーフだったよ。茨城のパブとか、東京では女の子といっしょにキャバクラで働いてたこともあった。楽しかったよ。
 子供のときから女の子っぽかったね。子供のころの写真なんかを見ても、女の子みたいな感じがする。ぜんぜん男の子には見えないね。ハイスクールのころから服装も女の子みたいになって…。
 お母さんはあたしがニューハーフになることを応援してくれた。子供が男の子しかいなかったからあたしが女の子になるのを喜んでたのよ。顔もお母さんそっくりだから、それもあったのね。だからすごく仲がいいよ。

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2010年6月16日 (水)

ニューハーフという生き方/激白人生■26:かおり

かおり 
T158/B85・W61・H88

「アミューズメントクラブ・ムクムク」●住所:立川市曙町2-16-7ニュースBLDG2F

--「あたしでいいのかしら」と取材を申し込んだとき、かおりさんはポツリと言った。ときどき耳にする言葉だが、案外そう思っている人に限って波瀾万丈の人生を歩んでいたりするものである。

性を意識したのは中学生のころ…

 そうね、自分が周りの男の子たちと違うなって意識したのは中学に入ってからでしたね。
 ほら、小学校のころは着替えにしても男女一緒だったじゃない、だから性別とかって意識がなかったのよね。で、中学に入ったら急に男は男、女は女みたいに区別されるようになって、気がついたら自分は男の中にいるんだけど、ちょっと違うぞ、って。
 好きになるのも男の子だったし、女の子を見て可愛いなあって思っても、それは女の子自身じゃなくて、服とか持ってるものだったりしてたから、あ、あたしって精神的には女なのかなと思ったの。
 そりゃ誰にも言えないわよお。特に家族には言えなかった。あたしが中学のころって、テレビに出てるニューハーフも、どこかイロモノとかキワモノ的に扱われていて、父親なんかはテレビ見ながらあからさまに「気持ち悪い」なんて言ってたから、自分の息子がニューハーフになりたい、なんて言ったら…と考えるだけでダメだった。もうずっと隠し通してきて、最近になってやっと言えたのよ。といってもバレちゃったからすべて告白したって感じなんだけど。それでスッキリしたかな。

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いらっしゃいませ

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