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2014年2月28日 (金)

小説■Second Life小説

「こんばんは。仮想空間セカンドライフ内のライブ放送です」
 ネットラジオを通して音声をセカンドライフのインワールドに流す。
「セカンドライフのアカウントをお持ちの方はログインしていただいて、『ビーナスリゾート』というSIMを検索して、そのSIMの西側にある『クラブすずかぜ』までお越しください。まだアカウントをお持ちでない方、セカンドライフ自体がわからないという方は、ネット検索をしていただいて、アメリカのリンデン・ラボ社が運営する仮想空間を体験してみてください。3Dのキャラクターを使ったコミュニケーションが楽しめる世界です。テキストのチャットに加え、マイクを使ったボイスチャットもできますし、今お聞きいただいているように、ネットラジオを使ってライブ活動やラジオ放送、クラブDJといった活動もできますよ。ということで…まずは一曲目、聞いてください」
 そしてボクはギターを弾き始める。

 セカンドライフのアカウントを作ったのは2007年だった。
 7月に日本語版がリリースされたのをきっかけに始めたのだが、同じような人も多く、セカンドライフにおける日本人ユーザーが爆発的に増えた時期でもある。
 もっとも、最初にセカンドライフについて知ったのは2006年の年末にネットのニュースを見たときだった。いよいよ日本にも進出するという内容の記事だったと思うが、ニュース記事からリンクされた公式サイトでアカウントを作ろうとして、英語表記の画面だったこともあり、やり方がもうひとつわからずに断念してしまっていた。いずれ日本語版がリリースされたときに改めて…と思いつつセカンドライフの存在自体を忘れてしまっていたのだが、日本語版リリースをきっかけに各種メディアで取り上げられたことで、ふたたび興味を引かれたのだ。
 そう、なにが一番興味を引いたかといえば、3D空間でアバターを操作するということだったかもしれない。
 2007年にセカンドライフを始めた人たちの多くは、仮想空間内で現実のビジネスに通じる収入が得られる、ということに注目していたようだが、自分としてはあまりその点についてのこだわりはなかった。というより、仮想空間内でのビジネスということがピンとこかったというべきか。
 それまでにもインターネットのチャットサービスを使っていろいろな人とチャットをしていたこともあって、新しいチャット仲間が増えるかもしれないということの方が、興味として大きかった。セカンドライフではテキストチャットを入力すると、アバターがあたかもキーボードを叩いているかのようなアクションをする。それも楽しかった。
 2007年当時、すでにMMORPGと呼ばれるオンラインゲームもそこそこの数がリリースされていて、そのひとつで遊んでもいたのだが、セカンドライフのアバターはそういったオンラインゲームのキャラクターに比べると数段見劣りのするものであったのは事実だ。
 運営会社がアメリカの企業であり、欧米人の感覚でキャラクターが作られているというのが大きな理由だったのだろうが、デフォルトのアバターはお世辞にもかっこいいとかキレイといえるものではなかった。
 それでも個人でキャラクターの容姿が編集できる部分が一般のオンラインゲームよりも多くて細かいので、ある程度自分の好みの外見に変えることは可能だった。
 とはいえ、いま当時のスナップショット(セカンドライフ内での画面写真をこう呼ぶ)を見ると、どうにも人間離れした容姿ではある。これは容姿編集自体に慣れていなかったことも要因のひとつだっただろう。
 3Dのアバターを操作するということで、日本人ユーザーの多くはセカンドライフを「ゲーム」と呼ぶ。けれど「ゲーム」という言い方がこの世界を言い当てているかといえば、それは違うとボクは思っている。
 たとえばRPGのようにキャラクターのレベルを上げるような必要は全くないし、この世界の中でなにをしても、いや逆に何もしなくても自由なのだ。もちろんリンデン・ラボ社が設定した「BIG6」という最低限のルールはある。これを侵すとアカウント停止なども行われる可能性がある。しかしそのルールの範囲であれば、どんなことをしても自由なのだ。
 セカンドライフにログインして画面に表示される風景、それ自体が各ユーザーによって作られている。リンデンラボ社が用意したまっさらな土地の上に建物を建て、木を植えていくのはユーザーなのだから。これもあらかじめ作り込まれている一般のオンラインゲームと違うところであり、強いて言えばクォリティーの面で少し劣る点でもある。
 セカンドライフを始めてから1年が過ぎ、3年たち、5年になり、気がつけば7年だ。
 自宅にはいわゆるゲーム機はなく、ゲームにハマるという経験もほとんどなかった自分が、これほどセカンドライフの世界にハマったのは、やはりチャットができる世界だったからだろう。逆に言えばセカンドライフにログインしても、誰ともチャットができないようなときはすぐにログアウトしてしまう。少なくとも自分にとってセカンドライフはコミュニケーションツールなのだ。

「一曲目は、吉田拓郎の『シンシア』でした。この曲は歌いやすいということもあって、毎回ライブのときには一曲目に歌わせてもらうことの多い曲です。次の曲は…あ、セカンドライフの中にお客様ですね。ヨウコさん、かな。いらっしゃいませ。よかったら聴いていってくださいね」
「こんばんは。はあい。ありがとう」
 YOUKOさんというアバターがテキストチャットで答えている。
 自分のアバターはステージの上でギターを弾いている。YOUKOさんは用意されているイスのひとつに座った。
「では二曲目。もう一曲吉田拓郎で『たどりついたらいつも雨降り』です」
 ボクはまたギターを弾きだす。
 YOUKOさんが「8888888」とチャットする。拍手のバチバチバチという音を数字の8に置き換えたものだ。セカンドライフのライブなどでは一般的に使われている。
 二曲目を歌っている間にふたりのアバターがやって来て、イスに座った。
 普段ライブをするのは午後の7時か8時から9時にかけての時間帯で、夕飯時とも重なりあまり観客が来ることがない。セカンドライフでライブを行っている、いわゆるセカンドライフ・ミュージシャンは午後の10時くらいからスタートする人が多いのだが、その場合ほとんどが録音した素材を流している。自分の場合生唄、生ギターなので午後の9時をタイムリミットに設定している。生演奏にこだわっている、といえば聞こえはいいだろうが、けっきょくは自分の唄を録音するのが面倒なだけでもある。とはいえ、セカンドライフ内では数少ない生演奏派といえるだろう。
「吉田拓郎で『たどりついたらいつも雨降り』でした。セカンドライフ内のお客様、いらっしゃいませ。古いフォークソングばかりですが、聴いていってくださいね」
「こんばんは」
「はい」
 とあとからやって来たアバターたちがチャットで答えた。
「では次の曲です。下田逸郎の『ぼくと逃げよう』」
 実を言うとネットラジオの音声がセカンドライフの中に流れるまでには、多少のタイムラグがある。「次の曲」と話し始めたときにチャットが表示されていたりする。だから、一応観客に挨拶はするが、マイペースで進行していく感じになる。歌っている間は譜面を見ているのでチャットの確認もしない。へたにチャットに気を取られると唄を間違えてしまうことがあるのも事実だ。と同時に、セカンドライフ以前にネットラジオ単独で聴いているユーザーがいるということも意識の中にはあって、セカンドライフの中のことだけで終始してしまうことに多少の抵抗がありもした。放送ソフトのリスナー欄では現在12人が聴取していることになっている。
 自分では「当たり前」になっていることも、それを知らない人にとっては「わからない話」にもなってしまう。「セカンドライフの中にネットラジオを流す」ということも、あるいはなにを言っているのかまるで意味がわからないという人もいるかもしれない。
 セカンドライフについては「仮想空間」ということですでに触れたし、これからもいろいろと説明していくことになると思うので保留して、ネットラジオについて簡単に説明しておくことにしよう。
 最近では『ニコニコ動画』のようにWEBカメラを使ったインターネットの動画配信が主流になっているが、それ以前はマイクを使ったインターネットラジオ放送が一般的だった。自宅のパソコンから独り言のような、あるいは深夜ラジオを真似たような放送を多くの人がしていた。場合によっては持っているCDの音源を勝手に放送することで著作権問題に発展したりもしたのだが、これは繰り返し起こっている。
 放送と同時にチャットサービスを併用することで、リスナーとリアルタイムで会話することもでき、送られてきたコメントを読み上げるというスタイルの放送もある。
 そして、そのネットラジオを「セカンドライフの中に流す」わけだが、セカンドライフの中で土地を所有すると、その土地に関するさまざまな設定が可能になる。そのひとつがネットラジオなどを土地の区画に流すというもの。アバターがその土地に入るとクライアントビュワーの音楽再生ボタンをオンにすることで、設定された音楽を聴くことができる。
 多くの場合24時間放送されている音楽番組が設定されているが、セカンドライフミュージシャンやクラブDJなど、自サーバーやネットラジオを利用して、ライブのときに放送局を変更して、自分の放送を流すというわけである。
 ボクのように趣味でギターを弾いている人間も多いが、けっこうセカンドライフミュージシャンはオリジナルの楽曲を持った、現実世界でも音楽活動をしている人たちが多い。2008年~2011年あたりが日本のセカンドライフミュージシャンがもっとも多かった時期だと思うが、セカンドライフ自体が日本国内でそれほどメジャーになれなかったことで、プロモーションの効果を得られずに離れて行ったミュージシャンも少なからずいるようだ。
 もしかすると、セカンドライフを利用した音楽のプロモーションということがまだ研究途上にあるのかもしれないし、ミュージシャン自身がプロモーターを兼ねるというスタイルに限界があるのかもしれない。
 2007、2008年頃には大手音楽レーベルもセカンドライフ内にSIMを持っていたが、目立った活動もなく撤退して行ったのは、仮想空間でのプロモーション活動が暗中模索であったことの証なのだろう。

 2007年、セカンドライフのアカウントを取得してログインしたとき、最初に表示されたのは広場のような場所だった。
 あとで知ったのだが、そこは「オリエンテーション・アイランド」と呼ばれる、セカンドライフのチュートリアルを体験するエリアだった。
 日本語に対応したとはいえ、そのすべてが日本語化されたわけではなく、また、世界中からアクセスしてくるユーザーが同じ場所で出会うことのできる世界でもあるので、日本語以外の言語がチャット欄を埋めていくこともある。ログインした広場にもすでに何人ものアバターがいて、チャット欄は次々に英語が表示されていっていた。
 もうひとつ、その時の状況で言っておかなければならないことがある。
 ログインしたとき、自分のアバターも含め、周囲のアバターや建物などが灰色のシルエットで表示され、なかなか本来のビジュアルを見ることができなかった。これは当時使っていたパソコンの能力不足によるためだ。
 正直なところCPUもメモリ量も、市販されているパソコンの中では上位のものだったのだが、3Dグラフィックをフルスクリーンで表示させるネット環境には、まだまだ力不足だった。つまり、日本国内においてセカンドライフを快適に楽しむことができたのは一部のゲーマーなど、フルスペックのパソコンを持っている人たちだけだったということができる。一般家庭のパソコンのスペックがセカンドライフを快適に楽しめるまでに向上するのは2011年以降だっただろう。2007年にアカウントを取得しながら、パソコンのスペック不足でそのままログインしなくなった人も少なからずいたようだ。
 とはいえ、自分自身のことをいえばパソコンのスペックなどには思いも至らず、単に回線が重いだけだろうくらいに感じていた。
 ようやく周囲の表示が終わると、画面上に進むべき矢印が表示されていた。RPGなどのイメージが強かった当時は、NPC(ノンプレイキャラクター)などに話を聞いて、次に進むべき場所を知るのだろうとぼんやりと理解し、矢印の方向にアバターを進めてみた。
 これは方向キーによるアバター操作の手順を学ぶチュートリアルで、そのあとアバターの飛行やチャットなどを学んでいく。
 路上に止まっていた車に乗って、運転の操作を学び(シートに座ったあとはアバターの操作と同じ、方向キーで運転できる)、一通りのチュートリアルが終了すると、次の場所への移動を促すSLURLが表示された。
 MMORPGなどで場所を表すのは「座標」と呼ぶのが一般的だろうし、セカンドライフでもSIM名+緯度・経度・高度といった数値になるのだが、それをWEBページと同じようにURLと表現する。セカンドライフ上のURL、つまりSLURLである。
 またSLURLへの移動も、歩く、走る、飛ぶという方法のほか、一瞬で(とはいえ回線の状況やパソコンのスペックなどにより多少時間のかかることもある)移動することができる。セカンドライフではテレポート(TP)と呼ぶ。これは、すべてのSIMが接続した状態になく、接続していないSIM間の移動は歩いたり飛んだりしてもできないことから考え出されたことなのだと思う。もちろん接続しているSIM間では歩いてもSIMの移動ができる。
 飛んでみると、そこは歩道橋のような場所で、近くに建物があり、そこにはアバターに着せる服など、無料のアイテムが並んでいた。
 しかしここで行き詰まってしまった。次にどこへ行けばいいのかまったくわからないのだ。
 チュートリアルが終了し、無料アイテムを提供したあとは、各自自由に楽しんでください。というリンデン・ラボの方針なのだろうが、言い方を変えれば「あとは勝手にしておくれ」と突き放したような印象でもある。もっともいま思えばチュートリアルの間に興味のある場所を検索したりして移動することを促していた箇所があったのだと思うが、日本語化されていなかったので、当時は理解していなかった。
 このあとどうしたらいいのか、どこかに次に行くべき場所を示したものがあるのではないか、とアイテムを配布しているモール周辺をうろうろしているうちに、日本語のチャットが飛び込んできた。
 どうやら近くに日本人ユーザーがいるらしい。周囲を見回してみると、モールの前に3人ほどのアバターが集まってチャットしていた。
「こんばんは」
 近くによってチャットで話しかけると、「こんばんは」「はじめまして」と返事が返ってくる。
「今日始めたばかりで、まだなにがなんだかわからなくて…」
「おれらも同じですよ」
「わたしもさっき始めたところです」
「ぼくは昨日始めたんですけどね。ここから先にどうやって進むのはわからなくて」
 どうやら他のユーザーも状況は同じらしい。
「いや、でも日本語で話せて安心しました。英語ばっかりで途方に暮れていたので(笑)」
「あはは、そうだよね」
「どこか面白そうな場所を検索して行ってみませんか」
「そうだね。検索してみよう」
 そう言ってしばらくチャットが中断したあと、ひとりが「面白そうなところがあった」と言った。
「先に行って、みんなを呼ぶよ」
 そういうとアバターの姿が消えた。テレポートしたようだった。

「いまのはちょっと古い歌謡曲で、ヒデとロザンナの『愛のポートレート』という曲でした。個人的には大好きな曲のひとつなんですが、あまり知られていないのが残念なところです。さて、時計を見ると…そろそろ言い時間になってきてしまっているので、最後にオリジナルの曲を何曲か歌って終わろうと思います」
 時間は午後の8時45分を過ぎようとしていた。21時をタイムリミットにしているので、あと3、4曲といったところだろう。
「では、オリジナルの曲で『冬紀元』です」
 コピー曲の場合、原曲のイメージでギターを弾けばいいのだが、オリジナル曲の場合は自分なりに考えた演奏ということになる。自分でも不思議なのだが、毎回弾くたび、歌うたびに微妙に違っている。残り時間が気になってやけにテンポが速くなるというのはまだしも、右手のストローク自体がその都度変わってしまったりする。もしかすると自分の中で、きちんとこの曲はこの演奏法というのが確立されていないからかもしれない。もっとも聴いているリスナーは、毎回同じではないだろうし、そんな違いには気づいていないかもしれない。

※この作品は書きかけです。いずれ完成した際には電子書籍等で発表します。

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