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    「ANOTHER STYLE」はフリーライターのグループ「涼風家(すずかぜや)」のメンバーによるWEBマガジンです。2010年4月21日より毎週水曜の更新で「ニューハーフという生き方」を連載開始。取材させていただけるニューハーフの方も募集しております。

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2014年1月29日 (水)

跡見恭介ファイル■新小岩の黄昏(仮・未完)

 JR総武線、新小岩駅。
 都内に住んでいるとその駅名はどこかで見聞きすることがあるようで、地名自体はわりと知られている印象なのだが、実際に行ってみたことがあるかといえば、たいていは「ない」と答えるだろう。
 総武線快速も止まる、駅としてはそこそこの規模なのだが、駅ビルがあるわけでもなく、わざわざ他の地域から足を運んでくるようなショッピングセンターや娯楽施設があるわけでもないから、新小岩駅を利用する地元住民かその住民のところに遊びに来る以外、新小岩で下車する機会がないのは事実だ。
 そんな新小岩の駅の近くに探偵事務所を構えて数年になる。
 生まれたのは武蔵野市だったが、父親の仕事の関係で幼稚園の頃に墨田区に転居し、高校卒業と共に杉並区にアパートを借りて独り暮らしをし、その後何回か引っ越して、いまは事務所兼自宅の、この新小岩にいる。
 当初は錦糸町の周辺でマンションを探していたのだが、知り合いの弁護士に紹介されたいまのビルの最上階に落ち着いた。1階は中華料理と焼肉店が入っているが、2階から7階はバーやスナックという、水商売ばかりのテナントビルで、最上階の2LDKは住み込みの管理人用に作られていたのだが、結局管理人を雇うこともなく、更に言えば格安で借りることができたのでここに事務所を構えることとなった。路地を挟んだ隣を含め、近所にラブホテルが4件もあるので、地元の浮気調査には便利な場所とも言えた。
 新小岩駅を中心とした「新小岩」という地区は葛飾区に属する。しかしちょっと歩けばすぐに江戸川区に入り、地図で見ると新小岩という地区だけが、江戸川区に突き出したように見える。以前には江戸川区に編入したいという地域住民の運動もあったそうだ。
 葛飾といえば柴又や亀有が知られていて、新小岩は確かに江戸川区というイメージの方が強いかもしれない。
 8階のベランダから見下ろす新小岩の街は、特に特徴があるわけでもなく、下町といえば下町だが、それにしては中途半端に都会化している印象がある。もっともそれはこうして俯瞰して見ているからであって、南口のアーケード商店街などを歩いてみれば、やはり下町らしい匂いが漂ってくる。駅前に大手のスーパーがあるにしては、商店街の賑やかさは格別で、わざわざ電車でやって来る場所でもないのだから、周辺住民の活気は都内でも有数と言っていいかもしれない。
 ひと言で言って「面白い街」だ。
 しかし、街が面白いからといって探偵の仕事が多いというわけではない。
 もちろんテレビドラマやハードボイルド小説で描かれる探偵と違って、現実の探偵の仕事といったら地味なもので、もともとそれほど繁盛するものでもない。
 浮気調査や素行調査といった、人の秘密を覗き見るような仕事が大半なのであって、神経をすり減らす仕事といっていい。
 それに、雑誌や新聞の折り込み広告で宣伝している大手の事務所に仕事は集まり、わたしのようなひっそりと個人でやっているような探偵事務所に仕事を依頼するようなケースはあまり多くない。それでいまの事務所の物件を紹介してくれた弁護士から廻されてくる調査の仕事を引き受けることが多くなるというわけだ。

 風の匂いで季節を感じるということが、年に数回ある。
 その日の風は夏の匂いをともなって吹いていた。
 わたしは窓から流れ込んでくるその風の匂いを感じながら、昨日の浮気調査を報告書にまとめていた。何時にラブホに入り、何時に出てきた。入るときと出てくるときに隠し撮りした写真を添える。依頼主の奥方は、これで離婚の理由ができると喜ぶだろう。そう、単に夫に疑惑を持ったからではなく、離婚する理由を探しての素行調査なのだ。相手が嫌になったから別れるというわけには、いまの世の中なかなかいかないようだ。相手につけ込まれる隙があれば、有利に離婚の話が進められる。これもご時世か。
 報告書がまとまり、ひと息入れようとコーヒーをキッチンに取りに行こうとしたとき、ドアのチャイムが鳴った。
 めったに来客があるわけでもなく、仕事の依頼ならまず電話をかけてくるので、ふいのチャイムには慣れていない。
 ドアの前まで行って「はい」と声をかけてみる。するとドアの向こうで男の声が小さく聞こえた。
「あの、跡見探偵事務所というのは…ここでよかったでしょうか」
 わたしはドアを開き「そうですよ、ご依頼ですか」と答え、そうだという男を中に招き入れた。
 男は20代半ばくらいに見えたが、社会人というよりは学生かアルバイターといった雰囲気だった。紺のシャツの下にグレーのTシャツを着て、ジーンズをはいていた。
「それで、ご依頼の件というのは」
 わたしは男にコーヒーを出しながら言った。
「あの、このビルの2階にニューハーフのお店があるんですが、ご存知ですか」
「ニューハーフの店。…そういえば最近新しい店がオープンしたような気もするけど」
「いえ、たぶんそこじゃないです。ニューハーフのお店は半年くらい前にオープンしてますから」
「あ、そうでしたか。同じビルといっても下の階の店に関してはあまり関心がないものだから」
 わたしがそう言うと、男は「そうですか」と言ってしばらく黙っていた。
「で」とふたりの声が同時に出た。
「どうぞ」
 わたしは少し苦笑を交えて言った。
「はい、すみません。で、ですね、そのお店のママなんですが、ミコさんという方なんですが…その人のことを詳しく知りたいんです」
「なるほど」
 たまにこういった依頼が来ないわけではないが、家出人の捜索や不倫の素行調査と違って、ストーカーの手助けになってしまうこともあるので、たいていはうまく断ることにしている。この場合もまず、探偵の素行調査にはけっこうな料金がかかることから説明した。
「そうですか、意外とお金がかかるんですね」
「それなりの仕事はさせてもらいますが、それだけの価値があるかどうかは依頼される方しだいですね。そのバーのママとはどのような関係なんです」
「あ、いや…その、単に客とママというだけで…」
「なるほど。それでしたら高額の調査料を払ってまで調べるのはどうかと思いますよ」
「そうですねえ…ちょっと考えてみます」
 男はそういうと立ち上がったので、わたしも立ってドアの前まで送っていった。
「また何かありましたら、どうぞ」
「はい、ありがとうございました」
 男は軽く頭を下げて帰っていった。
 それにしても同じビルの中にニューハーフの店ができていたことにはまったく気付かなかった。飲みに行くといえば歩いて数分のところにある「森海舎」というバーばかりだから仕方がないのかもしれないが。
 コーヒーを入れ直し、デスクに戻る。メールの確認をしていると、窓からまた風が吹き込み夏の匂いを運んできた。なんとものどかな気持ちになって、仕事をする気も失せてしまう。とそんな気分のわたしを咎めるように電話が鳴った。
「跡見探偵皺所ですか」
 電話の向こうで男の声がいった。ちょっとかすれたようなその声には聞き覚えがあるような気がした。
「はい、跡見です」
「大隅です。覚えてるかな」
 相手は4、5年前に関西に引っ越していった同年配の同業者だった。東京にいた当時にはときどき酒を飲みに行くような仲だった。
「久しぶりだな。元気ですか」
「おかげさまでね。いま東京に来てるんだ。久しぶりに今夜、飲まないか」
「いいね。よかったらこっちに来ないか。いい店があるんだ」
「新小岩だったな。19時くらいでいいか?」
「了解。それじゃ、今夜」
 大隅と会う前に依頼人に報告書を届けてくる余裕は充分にありそうだった。

「確かにいい店だ」
 大隅を行きつけのバー「森海舎」に連れて行くと、まず彼はそう言った。
 照明の光度を落とした、カウンターのみのこじんまりとした店だが、ボトルの種類は銀座のバーにも劣らない。むしろレアなボトルが入るのを目当てに遠方から通ってくる常連がいるくらいだ。
「それにしても、おまえそんなに飲めたんだっけ?」
 大隅がからかうように言う。大隅と一緒に飲んでいたころはビールの中ジョッキで顔を真赤にしていたのだから、そう言われても仕方がない。もっともいまでも量が飲めるわけではなく、ウィスキーをゆっくりちびちび飲んでいるだけのことなのだが。
「いらっしゃいませ。なにを差し上げましょうか」
 バーテンドレスの紀子が声をかける。
「そうだな…バーボンで。なにがあるの?」
「バーボンでしたら…」
 と紀子がバックバーを振り返り、そこに並ぶボトルの中から2、3本をカウンターの上に出してくる。大隅は紀子の説明を聞いてそのひとつを選んで注文した。
「飲み方はどうしますか?」
「ロックで」
「かしこまりました。跡見さんは?」
「ラフロイグ」
 わたしはいつものようにアイラモルトを注文する。飲み方はいつもストレートだ。
「おまえ、彼女が目的で通ってるのと違うの?」
 紀子が酒を用意しているあいだに大隅がわたしの耳元で囁いた。
「それはないよ」
「ほう。でもかわいい子じゃないの」
 そういえば、紀子は大隅の好みのタイプだったかもしれない。
「東京にはいつから来てるの」
 それぞれ酒にひと口付けてからわたしは聞いた。
「一昨日からだ。仕事でね」
「もう片づいたのか。相変わらず仕事が早いなあ」
「いや。だいたいの目星はついてはいるんだけどな。まあ、久しぶりの東京だし必要経費で羽を伸ばさせてもらってるところだよ。今日はおごるぜ」
 大隅はそう言って笑った。
 そのあと当たり障りのない世間話をしながら飲んでいると、弁護士の真希が、少し遅れてフリーライターの神月が店に入ってきた。ふたりともここの常連だ。
「真希。大隅さん、覚えてる?」
 わたしの隣に腰掛けた真希にそう言ってみた。
「大隅さん? ああ、お久しぶりです。お元気でした?」
「うん、元気でしたよ。真希さんもお元気そうで」
 大隅がまだ東京にいたころには、わたし同様に真希から仕事をもらってたこともあった。
「神月さん、こちら古い友人で大隅さんです」
 真希の向こうに坐った神月にも大隅を紹介する。
「神月です。跡見さんにはお世話になってます」
 神月とはこの店で知り合い、ほとんど外で会うことはないのだが、フリーライターという職業柄雑多な知識を持っているので会話の端々から仕事のヒントをもらうことが多い。また風俗関係にも強いので情報を得ることも多かった。
「いや、世話になってるのはこっちのほうで」
「大隅です。いまは関西に住んでまして、久しぶりに上京したんで跡見に連れてこられました。よろしく」
「跡見さんと同業の方なんですか?」
「ええ」
「なにか面白い話があったら聞かせてくださいよ」
「彼、フリーライターなんだ」
「なるほど。ネタになるような話があったかなあ」
 と大隅はごまかすように笑った。もっとも神月の「面白い話があったら」というのは社交辞令のようなもので、初対面の相手には必ず言うセリフのひとつだった。

 懐かしい友人とうまい酒、昨夜は久しぶりに飲みすぎてしまった。
 大隅もホテルに帰るのが億劫になったようで、わたしの事務所のソファで寝てしまった。
「おう、おはよう。昨夜は付き合わせて悪かったな」
 リビングに入ると、ソファに腰掛けてたばこを吸っていた大隅が言った。
「いや、こっちこそ。ごちそうさまでした」
「いい店だったよ。こっちに戻ることがあったら通いたいところだ」
 わたしは微笑んで、自分と大隅にコーヒーをいれる。
「で、こっちにはいつまでいるの」
「そうだなあ、あんまり長引いても依頼人の機嫌を損ねるからな。今週いっぱいってところか」
「そうか。で、こっちでの仕事というのは? 人探しか何か?」
「家出人探し、だけど、これがまあ、探すというよりは説得して連れ帰るっていう感じでな」
「ふむ」
「まあ、どうしても帰りたくないということなら、依頼人にそう伝えるだけだがね」
「その口ぶりだと、説得が難しいって感じだな」
 大隅はわたしの言葉にふっと笑ってから答えた。
「跡見、おれもいろいろな家出人に会ってきたけど、今回はどうしたものかと思ってるよ」
「というと?」
「まあ、家出するという時点でそれまでの生き方とは別の人生を選択するということだとは思うんだが…」
「ああ…」
 わたしは大隅がなにを言おうとしているのかよくわからなかった。
「今回の家出人は、本当にそれまでの人生とは別の生き方を見つけてるみたいなんだな。素直に家に戻ってくれるのか、自信がないよ」
「なんだよ、もったいぶってるな」
「はは、そういうわけじゃないんだがな。実は性転換してたんだよ、その家出人が」
 わたしは返す言葉がなく、口を中途半端に開けて大隅の顔を見ていた。
「それは…家族は知らないのか」
「いや、報告は受けているらしい。その上で家に戻ってもらいたいということで、説得役を請け負ってきたんだが…本人は家族とは縁を切る覚悟だと言っててな」
「なるほど」
「今日も会ってみるつもりだよ。…今何時だ。あ、そろそろホテルに帰って着替えておくか」
 大隅は時計を見るとそう言って立ち上がった。午前11時に5分ほど早かった。
 わたしは「がんばれよ」と見送り、関西に帰る前にもう一度連絡してくれるよう言って別れた。

 当面の仕事もなく、午後は10日ぶりにフリーの時間を過ごすつもりでコーヒーをいれ直し、事務所のソファに腰を下ろすと、ドアのチャイムがなった。
 新聞の勧誘でも来たのかと思いながらドア越しに声をかけると「跡見探偵事務所はこちらでしょうか」という女性の声が聞こえた。
 わたしはドアを開けて女性を迎え入れると、ソファを勧めて来客用にコーヒーを入れた。
「それで、ご要件は」
 わたしは向かい合って座り、相手を観察しながら言った。
 肩にかかる黒い髪はストレートで、前髪は目の上で揃っていた。二重の目に小振りな鼻、少し大きめに思える口だが、下品な感じではなかった。
 モスグリーンのノースリーブのワンピースがよく似合っていた。
 彼女はひざの上に乗せた自分のバッグに両手を置いて、その手を見つめてしばらく黙っていた。
「あの、ストーカーのご相談なんですが」
 思い切ったように瞳を私に向けて彼女は口を開いた。
「ストーカーですか。警察の方にはご相談されたんですか。あちらならお金もかかりませんよ」
「それはわかっていますけど、ちょっと事情があって…」
「それはストーカーに関係したことですか?」
「いえ、それとは別の…。実は…」
「いいですよ、関係のないことであればうかがう必要はありません。ただ、その事情がストーカー行為に影響のあることなら聞いておかなければなりませんが」
「それはありません」
「では、そういうことで。ストーカーのことを詳しくお聞きしましょう」

************

 書きかけの作品ですが、近いうちに完成させて電子書籍で刊行するつもりです。

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