創作■内 な る 波 音/結 城 涼
1
それがいつのことからか、ハッキリとは覚えてはいなかったが、ある夜床に就いた彼の耳に、どこか遠い波音が静かに響いてくることに気づいたのが始まりだった、と思う。
時計の針は午前一時を少し過ぎた頃だったが、普段から就寝はその時刻に近くなってしまいがちだった。彼の住む部屋はありきたりなワンルームマンションで、窓から見える風景といっても、向かいのビルや近所の家々の屋根、三階下を走るあまり広くない道路とそこを行き交う人と車といったところで、海はおろか川にしたところで歩いて三十分も離れている。そんな環境に暮らす彼の耳に或る夜聞こえてきた波音を、他の、そう例えば車のエンジン音やステレオのノイズととっさに取り違えても無理からぬことだ、と恐らくは同情心を半ばに弁護されてしかるべきだろう。しかも彼が海国育ちで、都会へと出てきたのではなく生まれも育ちも都会の真ん中、遊び相手はコンクリートの壁だったと聞けば哀れみは一層深まるかも知れない。そういったことはともかく、ありきたりなワンルームに置かれた、これも家具売場には珍しくない型のベッドの上で彼はその波音を聞くともなしに聞いていたのだった。時間にしてどれくらいの間そうしていただろうか。すでに眠ろうとしていた彼の意識に波音は休むことなく一定のリズムで繰り返し、やがて彼をいつにも増して心地好い眠りへと導いていった。眠りに落ちる前、彼は波音というものが生命のリズムを想わせるのに充分なものだという、生命の源流を海と信ずるに足る確信を持てたような気がしていた。
翌日も翌々日も彼が床に就くと波音は聞こえてきた。ザン、ザザン、という繰り返しがその度に彼を眠りへと誘い、朝の目覚めもそれまでとは違い爽やかであった。しかし波音が続くにつれ、ある不安も芽生えてきた。それは自分が幻聴を聞いているのではないかというものであったが、当の海は遠く、ほかに考えられる音源も見当たらないとなれば誰でも一度は考えてみるようなことではある。道路や地下鉄の工事を深夜に行うというのも少なくはないがこの辺ではそういった話も聞かない。だいたい音の種類自体が違う。隣や階上、階下のどこかの部屋で環境音楽でも流しているのかとも思ったが、どうして安い割りには防音だけはしっかりした建物であった。第一もっと早い時間にTVやステレオの音が響いてこないのだからこれも違うだろう。いったい何の音なのか、彼は波音の原因に思い当たるまで眠れそうに無い自分に気がついた。
さらに三日、四日と経ち原因が分からないまま波音を聞く彼はさらに重要なことに気がついてしまった。今の今まで波音が聞こえるのは自分の就寝時間の頃だけであると勝手に思い込んでいたが、回りが静かな時には耳を澄ませばちゃんと聞こえてくるのであった。さらに床に入ってから聞こえてくる波音が最初に聞こえていた時より大きくなっているようにも思える。波音の原因が分からないことで眠れないだけではなく、波音自体の大きさで眠れなくなってきていることを知ることになった。と同時に幻聴ではないかという不安さえもが膨れ上がってますます眠れない彼だった。それでも朝は目覚まし時計のベルで起こされる。つまりはいつの間にか眠ってしまうらしいのだが、それがまた何とも情け無く感じられるのだった。
そんな夜が何日続いたろうか。或る夜、それまで夢すら見ずに熟睡していた彼は、不思議な夢を見た。もっとも夢を見たということを覚えているだけで、その内容までハッキリとは記憶していなかったが、美しいブルーが彼と、その世界を包み込んでいたような印象だけは強く残っていた。薄いブルーが視界一杯に拡がり、それが段々と深いブルーへと変わってゆく、そんな夢の記憶が翌日、翌々日と続いたが、内容の方はやはり覚えていなかった。それは波音が日々大きくなっているような気がすることとあいまって、どこか遠くにある海が徐々に彼の部屋に近づいてきているような錯覚を与えた。
数週間が過ぎても波音と内容のわからない夢は続いていたが、彼はすでにそれらに慣れてしまって、この頃ではそれによって熟睡できるような気にさえなっていた。実際、朝は弱かった彼が、目覚まし時計をそれほど頼らず起きることが出来るようになり、昼間の活動も積極的になったのは、毎晩熟睡できるという事が大きかっただろう。もちろん波音や夢についてふと考え込むことはまだありはしたが、その回数、かんがえている時間は日に日に少なくなっていった。今や彼にとって、波音と夢はひとつのストレス解消であり、その原因は問題ではなくなってきていた。
2
スクリーンには綺麗な砂浜に透き通った波が打ち寄せているのが、とうていこの地上のどこかに存在するとは思えないほどの美しさで映し出されていた。特に音楽というものは流れておらず、ただ波音だけが繰り返されている。空調も雰囲気を壊さないよう、単調な送風ではなく、自然の風に近いものが使われている。いつ頃からこういった場所が出来始めたのか彼は知らなかったが、新聞の記事で環境VIDEOと環境音楽を主にストレス解消に使っているスタジオのあることを知り、さらに海を使ったものが効果的であることが書かれていたのを見て足を運ぶ気になった。そこはそれ程広くはなく、小学校の教室を一回り狭くしたくらいのスペースにリクライニングシートが二十ばかり、正面のスクリーンに向かって置いてあった。それぞれが席につくと照明が落とされ、まず波音だけが流される。もちろんかすかに聞こえる程度のヴォリュームから段々それとわかる音量に上げられてゆくのだが、音量が一定の大きさに上がる頃にはスクリーンにもミクロネシア周辺を思わせる砂浜と静かに寄せる波も浮かび上がっている。しばらくそれらが続く頃には眠ってしまう者もいた。やがてスクリーンの映像は砂浜から海の中へと移ってゆき、それにともない音の方も海中らしい効果音とシンセサイザーの静かなものへと変わってゆく。人の手がまるで触れていないかのような透き通った水、美しい珊瑚、カメラに寄ってくる魚たち。本当にこんな所が同じ地球上に存在しているのだろうかと疑いたくなるような美しさがそこにはあった。画面は徐々に深度を増してゆき、浅瀬とは種類の違う魚たちの姿がカメラの前を掠めてゆく。やがてそれらはブルーの色調に溶けてゆき、スクリーン上は水中を想わせる光と色のグラデーションに変わり、それは他の三方の壁にも反射して、部屋全体が水中のような錯覚に陥る。シンセサイザーの音楽は相変わらず静かに流れていたが、効果音は再び波音に変わっていた。
シートに座った人々はそれらの音と映像によって瞑想状態に入り、精神的にクリアな気持ちを得ていったが、彼の場合は少し違っていた。他の人々が一様に目を閉じたり、それに近い状態でいるのと対照的に彼は目を大きく見開き、スクリーンを見つめ、耳は波音に聞き入っていた。それは普段から聞き馴染み、夢に見ていた世界に近いために、彼の精神がその空間の雰囲気にシンクロし過ぎてしまったと言う以外説明はつかない。また、そうしていながらも彼の頭の中は白紙の状態であったことも付け加えておく必要があるかもしれない。
およそ一時間のプログラムが終わりスタジオを出ると、夕立が激しく街を洗っていた。小降りならともかくこう激しい雨では走って出てゆこうとする者もなく、しばらく待てばやむだろうという予想が全体を支配したようで、入口に立って空を見上げる者、奥のロビーへ引き返す者と、スタジオ内はにわかに人と湿気で蒸し暑い空気があふれていった。彼は入口で空を見上げる中に混ざっていた。特に理由はなかったが、自分がここに来た目的が他の人々とは著しく違っていることで、少しでも早くこの場を離れてしまいたいという意識は少なからずあったかもしれない。そうして雨のやむのを待っているうち、回りの話し声と夕立の激しい雨音がいつしか溶け合って、心地好いリズムになってゆくのを感じていたが、その時の彼の顔を見た者があれば、スタジオ内でのみんなと同じ瞑想状態であることに気がついただろう。しかし彼のその表情はすぐに消え、愕然と目を見開いたものに変わった。彼は耳に入ってくる雨音がいつしか波音に聞こえていることに気づき、その現実に背筋を貫かれたのだった。
雨の勢いは程なく弱まり、やがて雲の切れ間から傾き始めた陽が街に射し込み、雨はもうパラパラとまばらになり、それもすぐにやんでしまい雨上がりの涼感が街を包んでいった。雨音が消えていくのと同時に彼の耳からも波音は遠のいていったが、部屋以外の場所で波音が聞こえたという事実は彼の精神を著しく動揺させた。一方ではそれまでスタジオで聞いていた波音の余韻であろうとする心と、また一方では精神が波音に支配されてゆくという不安が彼の中で交互に沸き上がっては押しやられ、どこをどう帰ったのか、気がついた時、彼はマンションのベッドに腰掛けていた。外はまだ明るく、夕日が街を染めている。窓に立って西の空に目をやった彼は、ゆっくりと流れる雲さえもが打ち寄せる波に思え、自分のいるその場所が海中であるような錯覚を、膨れ上がる不安とともに覚えていた。今、彼の耳にはずっと遠くで響く波音が聞こえていたが、それが本当に聞こえているものなのか、ただの錯覚なのか、その時の彼には判断する気力もなくなっていた。
3
不思議な夢というのは誰もが見た経験をもっているだろう。そしてそれを他人に説明する時の難しさやもどかしさ、また誰かの見た不思議な夢の話をわかったつもりで聞いてはいても、実際にどこまでわかっているのかは証明のしようもない気持ちというのも感じたことがあるだろう。
彼が見たのは海の底にいる自分だった。とは言っても魚や他の海中の生物になっているというわけではなく、普段の自分が海底を歩いているのだった。しかし、そのことについて彼ははっきりと意識していたわけではない。ただ夢の中で自分の意識というものが、日常の自分と変わらずそこにあったというだけのことである。だから、ひょっとして魚になっていたかもしれないし、カニだったかもしれない。
わかっているのは自分の身長よりはそうとう高い場所に海面が、陽の光りにキラキラ輝いていたことである。視線を下げてゆくとブルーが段々と濃くなってゆき、彼は「ああ、ここは海の底なんだな」とぼんやり感じた。小さな魚たちが彼の回りを、視界の中を泳ぎ抜けてゆく。珊瑚のうえに陽の光りが揺れている。海藻がゆらゆらと揺らめき、彼は体から力が抜けてゆくのを感じていた。ここでは都会の生活のような、せかせかしたギスギスした気持ちは捨てなくてはならず、ただ潮流に身を任せていればいいのだった。
彼は近くの岩に腰を下ろして目を閉じてみた。陽光は柔らかく彼を照らし、潮流はゆっくりと体を揺すっている。水はまるで冷たくなどなく、むしろ暖かく感じられる程だった。耳の中では波音が静かに、しかし確実に響いている。波音はどこからか聞こえてくるのではなく、彼の内から響いてくるのだった。いまや彼は海そのものであり、海は彼自身であった。
なあんだ、そうだったのか。彼は思った。なんにも不安に思うことはなかったんだ。自分が海なのだから波音がしたって当たり前じゃないか。なんだ、そうだったのか。彼の中ですべてが解決され、昇華してゆくのが感じられた。波音は心安らぐ音楽のように彼を包んでいった。
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コメント
猫目さんの作品の中で一番好きかもしれない。
丁寧に書かれているけれども、文章が後から後から沸いて、すらすらと創作されたもののように感じ取りました。
それは心地よいリズムと、計算された言い回しから受ける印象です。
猫目さんの、内なる宇宙の広さを想います。
投稿: うさぎ | 2009年12月 9日 (水) 10時28分