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2005年7月 3日 (日)

『伝説の都市・バビロン』

『伝説の都市・バビロン』

 バビロンは古代バビロニアの首都であり、大きく、古バビロニア、新バビロニアの二つの時代に分けられる。

『伝説の都市・バビロン』

 バビロンは古代バビロニアの首都であり、大きく、古バビロニア、新バビロニアの二つの時代に分けられる。
 古バビロニア時代は、前二千年頃にハンムラビ王によりその栄華を究めた。ハンムラビ王はいわゆるハンムラビ法典によって、その名を知られているとうり、王としての資質に恵まれた人物であったようである。
 このハンムラビ時代のバビロニアはメソポタミアを代表とする都市・国家であったものの、北にアッシリア、西にエジプトの強国があり、他にも大小の国々がその覇権を狙い、興亡が繰り返されていた。バビロニアも、ハンムラビの死後、新バビロニア時代までは、他国に従属するなどして、歴史の表舞台からは一歩退くことになる。

 前六百年頃にネブガドネザル王によって新バビロニア時代を迎え、バビロンもその繁栄の極みに達する。
 新バビロニアに於いては都市計画もそれまでと違う新しい考えが取り入れられ、道路は究めて真っ直ぐに作られ、それに交差する道もまた垂直に作られていた。
 ネブガドネザル王の時代には、その建築物がよく知られている。
 イシュタール門、王宮、空中庭園、中でもバベルの塔と呼ばれるジグラットは有名である。

 前三世紀、ビザンチンのフィロが挙げた世界の七不思議は次の通りである。
 エジプトのピラミッド
 バビロンの空中庭園
 エフェソスのアルテミス神殿
 オリンピアのゼウス(ジュピター)像
 ハリカルナッソスのマウソロス王廊
 ロードス島のコロッサス(大巨像)
 アレクサンドリアのファロス(灯台)
 このうち現在まで残っているのはピラミッドだけである。

 バビロンの空中庭園はネブガドネザルに依って造られたものだが、伝説によれば、山国から迎えた王妃が、雨の降らないバビロンを嫌がり故郷を懐かしんでばかりいたので、王妃を慰めるため、小丘にピラミッド式に壇をつみあげ、山のような庭園を造った。一番上には水槽を設け、美しい花や果樹が一年を通して咲き乱れたということであり、それは高い城壁と同じ位の高さがあったため、遠くから見ると空中に釣り上げられたように見えたことから、空中庭園、またはつり庭と呼ばれた。
 しかし、この美しい庭園も、今はその痕跡を留めるにすぎない。

 バベルの塔は、古バビロニア時代ハンムラビ以前に未完成に終わったものと、ネブカドネザルによって、修復、完成されたものがあり、今日知られているのはネブカドネザル期のものである。前五世紀ごろの歴史家ヘロドトスは見聞して、「高さ百八十五メートルの堅固な七層の塔で、最上の塔には大きな神殿があり、黄金のベッドがあった。らせん形の道を登るのに半日かかった」と記しているが、一説には八層であったとも言われる。
 このバベルの塔も空中庭園と同様、現在その基部の痕跡をとどめるだけだが、「旧約聖書」の時代に、すでに伝説として知られるにすぎなかった。

「すべての国の中で最も美しい」と言われたバビロン。王宮は全て金箔で覆われていたという。また今日発掘、復元されたイシュタール門も当時の繁栄を伝えている。

 バビロンはしかし、それだけではない。古代メソポタミアを代表する都市として、学問・芸術も発達し、ギリシア以前に数学の基礎を作ったことでも知られる。
 また月齢や金星の運行による暦の作成に着手したこと、占星術なども有名である。
 暦がある程度完成すると、一日を分割することが求められた。都市において時間の概念は必要不可欠だったのである。

 バビロニアは交易の都市であった。
 人も物も様々な国から集まっていたようである。またそのために新バビロニアでは、アッシリアを牽制する必要があり、ユダヤ人のいわゆる『バビロン捕囚』が行われ、これが後にバビロンを邪教の都市とする伝説の切っ掛けとなったようである。

 古代メソポタミアは大小数多くの国が興亡を繰り返し、その歴史を書き連ねていった。
 バビロンにおいても古バビロニアのハンムラビ、新バビロニアのネブカドネザルの二人の王の時代が一番安定していたようである。
 また後年ペルシア帝国を築いたアレクサンダー大王も、バビロンをその首都とする決心をしていたが、王の短命のためはたされなかった。

 現在、バビロンは伝説として語り継がれる他は荒野として横たわるのみである。                       

『バビロン註集』

 ハンムラビ法典
 ハンムラビ王が晩年に編纂、発布した法典。黒い閃緑岩の石柱に刻銘されたもので、これは現存している。前文と法文二八二カ条と後文のアッカード語で書かれた法典は、一千年後のアッシリア帝国時代頃まで「ハンムラビ正義の法」として、法学者がこれを尊重し研究していたと伝えられている。         
 バビロン
 古代メソポタミアの主都市。バビロンとは「神の門(バブ・イル)」の意。ハンムラビ王の時から政治、宗教、文化の一大中心地となり、以後衰微したときでもメソポタミアの一中心であった。ことに新バビロニア時代のネブカドネザル二世は市街を整えたので、当時全オリエントのうちで最も美しく、繁栄し、その栄華は伝説化されたほどである。

 バベルの塔
 旧約聖書に出てくる伝説の塔は、バビロンにあったジグラット(聖塔)である。ネブカドネザルによって修復、完成されたその塔の頂上には、金色の机が一つ置かれたほかは何も無かったという。ここにバビロンの守護神マルドゥックが現れて、選ばれた人間の女性がその世話をしたという。

 空中庭園
 ネブカドネザルによって造られた、伝説の庭園。
 縦横四百メートル、高さ一五メートルの土台を築き、何千トンもの土を運び完成された。高さの違う七つのテラスの庭で、不断に花が咲き乱れていたという。

 バビロン暦
 前三千年紀後半からバビロニアにおこなわれた暦。月を、新月の見えはじめる日に、年を、春分のころにはじめる太陰太陽暦であった。
 ダイオレス一世以後置閏法が確立し、はじめに八年法、前三八三年ころ十九年法が採用され、以後はこの法によった。八年法は八年間に三回閏月をおき、一ヵ月の長さは新月の観測で決めるもので、この結果全日数は二、九二三.五三日となる。十九年法は十九年に七回閏月をおき、かつ一ヵ月の長さは観測で決めるもので、この十九年法では一暦年の平均日数は三六五.二四六八日となる。日のはじまりについては、決定的な証拠はないが、夕方あるいは夜半であったようである。

初出/「TOWER・都市号」森海社刊

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