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    「ANOTHER STYLE」はフリーライターのグループ「涼風家(すずかぜや)」のメンバーによるWEBマガジンです。2010年4月21日より毎週水曜の更新で「ニューハーフという生き方」を連載開始。取材させていただけるニューハーフの方も募集しております。

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2005年6月22日 (水)

小説・ウルトラマン/大地の子守唄

ウ ル ト ラ マ ン / 大 地 の 子 守 唄      結 城   涼 

      1
 科学特捜隊作戦本部のドアが開き、ハヤタと新隊員のアヅマが入ってきた。
「ハヤタ、アヅマ、パトロールから戻りました」
 敬礼する二人の隊員にムラマツ・キャップが「御苦労」と応じる。
「どうだアヅマ、もうだいぶ慣れたかね」
「はい。ハヤタさんが親切に教えてくださるので」
 アヅマが明るく答えてハヤタを見る。
「それはそうとキャップ、他のみんなは」
「うむ。イデとマツモトくんは研究室だ。アラシとフジくんには『ナチュラル・レジャー・ランド』まで調査に行ってもらっている」ムラマツは自分のデスクに戻って地図を広げた。
「『ナチュラル・レジャー・ランド』。去年オープンしたゴルフ場や遊園地など、自然の環境の中でレジャーを楽しめるという、あれですか」アヅマが地図を覗き込んで言った。
「何か事件でも」ハヤタが聞く。
「まだわからんな。とにかく警察では手に負えないらしい」ムラマツが二人の顔を見比べてから地図の一点を指した。「ここだ。もうアラシ達も着いているだろう」

ウ ル ト ラ マ ン / 大 地 の 子 守 唄      結 城   涼 

      1
 科学特捜隊作戦本部のドアが開き、ハヤタと新隊員のアヅマが入ってきた。
「ハヤタ、アヅマ、パトロールから戻りました」
 敬礼する二人の隊員にムラマツ・キャップが「御苦労」と応じる。
「どうだアヅマ、もうだいぶ慣れたかね」
「はい。ハヤタさんが親切に教えてくださるので」
 アヅマが明るく答えてハヤタを見る。
「それはそうとキャップ、他のみんなは」
「うむ。イデとマツモトくんは研究室だ。アラシとフジくんには『ナチュラル・レジャー・ランド』まで調査に行ってもらっている」ムラマツは自分のデスクに戻って地図を広げた。
「『ナチュラル・レジャー・ランド』。去年オープンしたゴルフ場や遊園地など、自然の環境の中でレジャーを楽しめるという、あれですか」アヅマが地図を覗き込んで言った。
「何か事件でも」ハヤタが聞く。
「まだわからんな。とにかく警察では手に負えないらしい」ムラマツが二人の顔を見比べてから地図の一点を指した。「ここだ。もうアラシ達も着いているだろう」

「お待ちしておりました。自然公園のマネージャーをしております」
 自然公園を眺望するレストハウスのロビーに通されたアラシ、フジの両隊員に中年の背の高い男が頭を下げた。「ナチュラル・レジャー・ランド」は自然公園、ゴルフ場、遊園地の三つのエリアから成り、それぞれにマネージャーがいるということだった。
「は、科特隊のアラシです。こちらはフジ隊員。早速ですが何が起こったのか聞かせて頂けますか」「はい。どうぞお座り下さい」自分も向かい合ったイスに腰を下ろしてマネージャーは話し始めた。 その異変は二ヵ月程前から起こっていた。朝、点検・整備のために見回っていた係員が、遊園地の施設が壊されているのを発見した。初めはいたずらか嫌がらせの類と思い、夜の警戒を強める一方、警察に通報して調べてもらったりもしたのだが、週に一、二回づつ同じ様なことが続き、警備員の中には獣の唸り声のようなものを聞いたとか、夜中の闇の中に光る目を見たなどという噂が広がり始めた上に、警察でも大型の獣の爪痕らしいもの、足跡らしいもの以外には、ついに何の手掛かりも見出せず、科特隊に調査してもらう方がいいだろうと言ってくる始末だった。
「今では遊園地、ゴルフ場とこの『ナチュラル・レジャー・ランド』全体の三分の一は改修工事で使用できない有り様ですよ」最後の方では溜め息のようにしてマネージャーは言った。そしてアラシ、フジの両隊員の顔をゆっくりと見てから「何とか原因を究明してください」と頭を下げた。
「お話はだいたい判りました。それで、その犯人を見た人はいないんですね」
「はい。それどころか、いつ壊されているのか、それさえ判らないんですよ。朝見回って初めてどこか壊されているのが判る始末でして」
「姿なき破壊者っていうわけね」フジ・アキコ隊員が窓の外へ目を向けて呟いた。
「とにかく現場を見せてもらおう。--いいですね」アラシがマネージャーの方へ身を乗り出して言うと、マネージャーは、勿論ですとも、と応じて立ち上がった。
 出入口に向かって歩き出した三人の目に、警備員に引きずられるように入ってきた十才くらいの少年の姿が入ったのと、少年が科特隊の制服を見つけて目を輝かせたのとはほぼ同時だった。
 少年は警備員の手を振りほどき、フジの元へと駆け寄ってきた。
「科特隊のお姉ちゃん、助けてよ」
「なにかしたんですか、この子」アラシがフジに抱きついて脅えた目を警備員に向けている少年をみながら言った。
「はぁ、普段からいたずらばかりする子でして。今日もゴルフ場でグリーンを掘り返していたので連れてきたんですよ」
「タケシ、いい加減にしたらどうだ」マネージャーもすでに知った顔らしく、叱りつける。アラシ、フジもこういう事情ではタケシをかばい立てるわけにもいかず、顔を見合わせて渋い顔をしてみせるだけだった。
「違うよ。こいつらの方が悪いんだ」
「でも、いたずらしていたのは君の方なんでしょ」フジが優しくたしなめる。
「こいつらが悪いからだよ」タケシはフジにしがみついたままマネージャーと警備員を睨みつけて叫ぶ。
「いったいどういう訳なんだい」アラシがしゃがんでタケシの肩に手を掛ける。
「こいつらがおじいちゃんを追い出してゴルフ場を造ったんだよ。おじいちゃん、嫌だって言ったのに無理やり追い出したんだ」
「そ、それは」マネージャーがアラシの視線にたじろぎながら弁解しようとするが、上手く言葉にならないのか、言うべき事柄をまとめているのか一瞬の間があいた。
「いや、用地収用に関しては確かに多少の問題はありましたが、もう済んだことですよ」
「なあ、タケシくん」マネージャーからタケシへ向き直ってアラシが言った。「君にはまだ分からないことかもしれないけど、大人の世界には難しいことが色々あるんだ。そういったことは大人に任せておきなさい。いいね」
 タケシは唇を噛んで下を向いている。アラシは立ち上がるとマネージャーと警備員を交互に見ながら言った。
「今日のところは私に免じて勘弁してやってくれませんか」
「--わかりました。あ、君、この子を帰してやりなさい」
「はい。さ、科特隊の人にお礼を言いなさい。もういたずらするんじゃないぞ」
 警備員がタケシの両肩に手を乗せて優しく言った。少なくとも警備員自身は優しく言ったつもりだったし、周りの大人たちにもそう聞こえた。が、タケシにはそれが耐えがたい欺瞞に思えた。ついさっきまで鬼のように見えていた警備員が、マネージャーと科特隊員の前では良くなれた犬のようにおとなしくなっている。また、それまで憧れの職業のひとつであり、その存在を真から信頼していた科特隊員が、大人の世界という壁の向こうに真実を隠し、自分の意見を支持しなかったことにも失望していた。
「どうしたんだい、タケシくん」アラシがもう一度タケシの前にしゃがんで笑いかけた。
「科特隊のバカヤロー」
 腹の底から絞り出すように一声叫ぶと、タケシはフジの手を振り切って出口へと走った。自動ドアを駈け出ながら眼前の山波に向かってまた叫んだ。
「シバーッ、シバーッ」
 タケシの声は谺して良く晴れた空に吸い込まれてゆく。
 アラシ達がタケシの後を追って外へ飛び出してくるのと、山波の向こうで雷のような光りが二、三度瞬くのとはほぼ同時だった。大きな獣が唸るような声がそれに続いた。
「あ、あ、ありゃあ、なんだあ」警備員がゴルフ場の向こう、山へと続く森を指差していった。
 森の向こうには茶色の大きな物体がゆっくりと左右に揺れながら、まるで丘が盛り上がってくるようにせり上がってきた。
 それは茶色の体毛を持つ巨大な四つ脚の動物だった。その頭部は熊のようでもあり、狼のそれにも似ていた。鋭い牙が獰猛さを強調しながら、アラシ達の方を威嚇していた。
「怪獣だ。フジくん早くキャップに連絡を」アラシは腰のスーパーガンを抜くとそれだけ言い残し怪獣に向かって走り出していた。
「あ、アラシさん、無茶よ。アラシさあん」

「なに、怪獣が現れた」ムラマツが報告を受けて立ち上がった。「すぐにヴィトルで応援に向かう。それまで頼んだぞ」
「キャップ」ハヤタが緊迫した表情でムラマツを見つめている。すでにアヅマともどもヘルメットを片手に出動の準備は整っている。
「うむ、ハヤタ、アヅマ、君達二人は先にヴィトルで現場に急行してくれたまえ。私はイデ達と後から駆けつける」ムラマツはスクランブル警報のボタンを押しながら二人に言った。
 敬礼して飛び出していくふたりと入れ違いに、警報を聞いて作戦室にイデ、マツモトの両隊員が駆けつけてきた。
「キャ、キャ、キャップ、出動ですか。」イデが慌ただしく飛び出していくハヤタ、アヅマの背を見送りながら言った。
「ナチュラル・レジャー・ランドに怪獣が出たそうだ。われわれもハヤタ達を追ってすぐ出動するんだが」ムラマツはそこで言葉を切るとアヅマ同様新入隊員のマツモト・ナツミを見た。「マツモト隊員。君にとっては初めての出動だが、しっかりやってくれたまえ」
「はい」マツモトはわずかに微笑んでムラマツの目を見返していた。
「あの、しかしキャップ、彼女は研究者であって、その」
「イデ、それは君も同じだろう。科特隊員である以上は現場にも出てもらわなくてはならないんだ」
「イデさん、私なら大丈夫です。皆さんと一緒に戦うのを楽しみにしてたんです。キャップ、足手まといにならないよう頑張りますので、よろしくお願いします」マツモトは新隊員として入ってきた日のように頭を下げた。
「よし、出動」

「タケシくん」アラシが怪獣に向かって走っていたタケシに追いつき、怪獣からかばうように抱き抱えると言った。「タケシくん、ここは危ないからフジ隊員と一緒にいなさい。いいね」
 そうしてフジに向かってタケシを頼むと預けると、怪獣の注意を自分に向けさせるように大声で叫びながらタケシ達とは反対の方角へ走っていった。
「シバーッ、シバーッ」タケシはなおも叫びながら、フジの腕の中でもがいている。フジはマネージャーと警備員の手を借りて、タケシを安全な場所まで連れてゆこうとしているのだが、どういう訳かタケシは怪獣の方へと行きたがっている。
「タケシくん、あの怪獣、知っているの」
「怪獣じゃないよお。ぼくのシバだよお」
 フジ達の頭上をハヤタとアヅマの乗ったヴィトルが横切っていった。
「このお、怪獣めえ」アラシがスーパーガンを発射しながら叫ぶ。その胸の流星マークが光り、ハヤタの声がアラシを呼ぶ。
「こちらハヤタ、ヴィトルから攻撃を開始する。アラシ、もっとさがっていてくれ」
「了解。フジくんと合流して非難誘導に回る」
 アラシが安全な場所まで後退するのを確かめると、怪獣の頭上を旋回していたヴィトルが戦闘体制に入った。ハヤタやアラシとパトロールなどでヴィトルには乗り慣れたとはいうものの、アヅマにとっても初めての実戦であった。ヴィトルの操縦法、ミサイル発射のタイミングなど全てハヤタの指示によって行われる。
 しかし怪獣はミサイル攻撃にも、アラシのスーパーガンにも屈することなく、レジャー・ランドの施設を破壊してゆく。
「ううむ、手強い奴だ」そう言ったハヤタの視界の隅にムラマツ達のヴィトルが飛び込んできた。
「こちらムラマツ。ハヤタ、アヅマ、奴の目に集中攻撃をかける。いいな」
 二機のヴィトルが並んで飛行し、怪獣の頭上を掠め飛びながら、その目に向かってレーザーガンで攻撃を加える。
 怪獣もさすがに目は弱いらしく前足のあいだに顔を埋めるようにしてヴィトルの攻撃を避けている。しかし何度目かの攻撃で、様子を覗こうとして頭を上げたところをヴィトルに捕らえられてしまった。その攻撃で怪獣は右の目を失い、反狂乱になって暴れまわる。
「あ、キャップ、奴が消えてゆきます」マツモトがムラマツの隣で驚きの声を上げた。
 怪獣の姿はマツモトが言うように、幻のように消えてゆく。
「どういうわけだい、こりゃあ」イデも不思議そうに呟く。
「ハヤタ、アヅマ、地上で詳しく調査する。着陸してアラシ達と合流しろ」ムラマツの命令で二機のヴィトルは着陸体制に入っていった。

      2
「科特隊のばかやろう」タケシの声が山々に谺してゆく。
 ムラマツ達が地上に降り、アラシ、フジと合流した時、タケシもマネージャー等とともにその場にいた。が、タケシにとって科特隊はいまや憧れるべき正義の集団ではなく、シバを倒した憎むべき存在となっていた。
 タケシはムラマツ達が近づいてくるのを認めると怪獣が現れた森に向かって逃げるように走り出していた。初めはアラシがそれを追おうとしたのだが、フジがそれを止めた。
「待って、アラシさん。あたしが行くわ」
「--うむ。キャップにはおれから話しておくよ」
 アラシの言葉を背中で聞きながらフジはタケシを追って走り出していた。
「タケシくん待って。タケシくん」
 タケシの姿は森の中で見分けることも難しく、ただ走ってゆく足音だけが微かに聞こえていた。
 フジは森の前で少し躊躇ったが思い切ってタケシが通ったとおぼしき後を追って森の中へとはいっていった。
 森とはいっても半分はゴルフ場の敷地内にあるので、下生えなども手入れされていて中で迷うようなことはなかった。木々の隙間の向こうに光りもちらちらと見え、それほど深い森ではないことも分かる。やがてフジの耳に破壊された施設の方から消防車や救急車などのサイレンが聞こえてきた。その音は、初め山のうえに造られた自然に似合わない物として感じられたが、それとともに自然そのものの音が殆どしていないことにも気付かされた。木々の葉音や踏み締める草の感触以外に、自然界の物音がしていないような錯覚がフジの中で膨らんでいった。そういえばいま歩いているこの森にも当然有ってしかるべき何かが欠けているような気がする。
「そうか、綺麗すぎるのよ。まるで温室の中のように綺麗に手入れされているから、却って違和感があるんだわ」
 フジが気づいたとおり、その森は自然のものとしては不自然に整いすぎていた。芝生に散布される農薬によって余計な雑草は駆除され、昆虫の類も見当たらなかった。鳥の声もしない、ましてや動物の姿などはなかった。
 そうしてしばらく進むうち、森が途切れるように幅一メートルほどの空間で帯状にフジの行く手を遮っているのにぶつかった。そこにはフジの胸の高さほどのフェンスが張られ、レジャー・ランドの敷地を区切っていた。
 フジと少し迷ってからそのフェンスを乗り越え、さらに森の中を進んでいった。そしてフェンスの向こうとこちらでは自然系がはっきりと違っていることに気がついた。フェンスの向こうは不自然に人の手が入っていたのだが、こちらでは落ち葉などはそのままで、地肌が見え隠れしている。雑草の類はやはり無いが、農薬によって枯れた跡はそのままになっていた。
 やがて森が途切れ、軽自動車がやっと通れるほどの道に出た。
 フジはタケシがどっちへ進んだものやらもう分からなくなっていたが、左右を見回すうちに右手の山へと向かう道の方に、古い家の屋根が木々の向こうに覗いているのを見つけ、とにかくそこまで行ってみようと歩き出した。

「じゃあ、その子が自分のものだと、その怪獣のことを言ったんですね」ハヤタがマネージャー等の話を聞いて念を押した。マネージャーも警備員もそうだと答え、フジがそれを聞いていたとも言った。ハヤタは腕を組んでしばし考えをまとめるように怪獣の現れた辺りを眺めると、ムラマツに向かって、マネージャー等には聞こえないように囁いた。「どうやらその少年と、レジャー・ランドに今度の事件は関係しているようですね。フジくんがちょっと心配ですね」
「うむ」ムラマツはハヤタの意見に頷くとマネージャーと警備員にタケシの家を知らないかと尋ねた。これには警備員が、その森の向こうにある古い家がそうだと答えたが、レジャー・ランドが出来てから町に引っ越すことになっていたとも付け加えた。
「マツモトくん、君はその家に行って、フジ君と合流してくれたまえ。我々はもう少し現場を調べてから本部に戻る」
「了解。」
「あのですね、キャップ。彼女はその、研究員ですから現場の調査の方に回ってもらった方が」イデが恐る恐るムラマツに進言するが、アラシが代わってそれに答える。
「なあに、初めのうちは何事も経験だよ。現場の調査ならアヅマにやらせればいいさ。なあアヅマ」そう言って隣に立っていたアヅマの背中を力いっぱい叩くと、アヅマは思わずよろけながら、はいっ、と返事を返した。
「イデさん、本当に私だったら心配しないでください。皆さんと一緒に、同じように働きたいんですから」マツモトはそれだけ言うとムラマツに敬礼してタケシの家に小走りで向かって行った。
「本当にいい子が入ったなあ」
 アラシが感心したように言うと、ムラマツ、ハヤタそしてイデも同感だと頷いた。
「ここにも新隊員がいるっていうのに、皆さんそれはないんじゃありませんか」アヅマが拗ねたように言った。
「うむ、そうだったな。君もわが科特隊のニューフェースとして頑張ってくれよ」
「なあに。キャップ、このアラシが立派な隊員にたたき上げてやりますよ」
「ええっ、アラシさんがあ」
「アラシにしごかれたんじゃあ、身が持たないよなあ」イデが気の毒そうに言って笑いを誘った。

 木々の向こうに見えた屋根は実際に歩いてみると距離があった。フジがようやく家の前に着くと、その肩を叩かれ思わず飛び上がった。
「なあんだ、ナツミちゃんかあ」
「すみません。脅かすつもりじゃなかったんですけど……」マツモトが済まなそうに頭を下げる。
「あら、いいのよ。それよりどうしてここが分かったの」
 マツモトはマネージャー達に聞いた話をフジにも聞かせ、自分はムラマツの命令でフジの応援に来たのだと説明した。
「じゃ、ここがタケシくんの家で間違いないのね。行ってみましょう、とにかく話を聞きたいわ」
 二人が玄関まで行ってみると、どうやら留守のようで人の気配はない。マツモトが裏に回ってみようと先に立って歩いてゆくと、家の南側には広い庭と、それに面した縁側があった。
 庭は乗用車二台分ほどの空間を取り巻くように木々が植えられ、奥の方はそのまま裏山へと続いているようである。縁側の外れの方には大きな犬小屋が置かれ、そこには大きな犬がうずくまり、その犬をタケシがいたわるように撫でていた。
「タケシくん」フジが声を掛けるとタケシは振り向きはしたが、また犬の方へくるっと首を回し、その後はフジが三度呼んでも返事もしなかった。フジは大きく溜め息をつくとタケシの所まで歩いていき、その肩に手を掛けてもう一度タケシの名を呼んだ。
「うるさいなあ、ほっといてくれよ」そういって振り返ったタケシの頬には涙が伝っていた。
「どうしたっていうのよ。ね、お姉ちゃんに教えてよ」
「みんなでシバを苛めるからだよ」タケシは右手でぐいっと涙を拭うと訴えるように言った。それは泣き声のように音程が上下して、タケシが少年であったことを今更のようにフジに思い出させる。
「え、これがシバなの。さっきの怪獣はこの犬なの」
「そうだよ、シバだよ」そういってタケシが傷ついた片目を指差した。
「怪獣と同じ方の目を怪我しているわ」マツモトがフジの後ろから覗き込んで言った。
 フジとマツモトは苦笑しながら「まさか」と顔を見合わせた。しかしその瞬間、お互いが同じ考えであることに気付き、「まさか」は「ひょっとして」に変わった。ふたりは腰のスーパーガンに手を回し、身構えた。するとそれまでうずくまって寝ていた犬が目を覚まし、頭をフジとマツモトの方へ向けた。
 犬の目が光ったような気が、フジはした。いや確かに光ったと思った。頭を上げ、フジの方を見た犬の目が光った瞬間、辺りが真っ暗になった。夜の闇とも違う、濃度の濃い闇だった。と同時にそれまで踏み締めていた大地が消えてしまったような、不安定さに平行間隔を失い、貧血を起こしたように目の前がぐるぐる回る感覚に襲われた。声を張り上げて何かを叫んでいるような気もした。だが、音すらも聞こえず、まるで闇に吸い込まれていくように、声もフジの喉から消えていくようだった。
 それが一瞬だったのか、もっと長い時間だったのかはわからない。フジが気づくとそこは山の斜面で、離れたところには牛が二、三頭草を食んでいるのが見えた。
「あたし、一体どうしたっていうの」フジは呟きながら辺りを見回した。しかしそこにはのどかな自然の風景が広がるばかりで、何があったのかを知る手掛かりになりそうなものは何も見当たらなかった。本部と連絡を取ってみようと胸の流星バッチのアンテナを伸ばして本部を呼び出してみると、どこか遠い空間に電波が吸い込まれていくようなノイズが聞こえるだけだった。
「フジ隊員。ここは通常の空間ではありません。通信機は役に立ちませんよ」
 フジが声のする方を振り仰ぐと、そこには牛を見守るようにして座っている犬がいるだけだった。が、その犬は紛れもなく、タケシが飼っていた、あのシバだった。
「ここはいま『ナチュラル・レジャー・ランド』になってしまった所です。どうです、こののどかな風景。この景色はもう二度と見ることは出来ません」
 正確には声ではなかった。犬の口は動いてはいなかった。フジはシバの意思を直接頭の中に捕らえていた。そして、言葉では理解し切れない、シバの、自然を失った事への哀しみの感情をも感じていた。
 人がまだ、この山へと踏み行ってこなかった昔から、自然はその営みを繰り返し、やがて人の姿がその中に見られるようになってからも、自然は同様に四季の繰り返しを続け、のどかな、しかし人と動植物にとって当たり前の環境を作り続けてきていた。
 それがほんの一、二年のあいだに森林は切り倒され、山は削られ、起伏のあった山頂が平らな土地に変貌していった。そこに住んでいた動植物は住処を奪われ、移動できる動物たちは近くの山などに逃げ延びてはいったものの、多くの植物と昆虫はその生活環境を奪われ、塵や土砂と一緒に処分されていった。
 変化したのは動植物だけではない。麓に住んでいた人々のあいだにも少しずつその環境は変わりつつあった。まづ豊富に湧いていた井戸の水が枯れ始めた。また、小さいものだが、川の源流もその山にはあったのだが、今では川があったという痕跡を残すのみとなっている。山を切り開いて作られた『レジャー・ランド』では、雨水などはなるべく下水に流し込むように作られているうえに、遊園地エリアではほとんどが舗装されている状態で、地下水として大地に染み込んでゆく水量が、それ以前と比べて激減していた。これは当然土地自体にも負担となるが、それ以上にゴルフ場を中心とした農薬散布が土地と地下水を確実に汚染していた。
「この程度の環境破壊は、フジ隊員も御存知でしょう。今、ここと同じ様なことが全国で行われているのです。人間が自らの快楽を追求するために、他の生き物の生活を奪い、果てには自分たち人間の生存をすら脅かしているのです」
「許せないことだわ。なんとかしなくては本当に地球そのものが死んでしまうわ」
「そう、そして地球が本当に死にかけていることをわかってほしいのです」
「じゃ、それほどに深刻な状態なの」環境破壊が進んでいる事実はフジでなくとも多くの人々が認識していることだろう。しかし、シバが言った「本当に死にかけている」というところまで分かっているものがどのくらい存在していただろう。フジ自身も今なんとかしておかなければ将来取り返しのつかないことになるであろうという程度にしか、実際のところ理解してはいなかった。
「驚かれましたか。人類はその知恵を発達させるばかりで、自然や霊感といった生物が元々持っていた能力を切り捨てて進化してしまった生物なんですよ。しかし、それがかえって良かったのかもしれませんね。動物たちのような鋭い感覚を持っていたら自分たちの行く末に発狂してしまったかもしれない」
 フジは言葉を飲んでシバを見つめていた。額には冷たい汗が吹き出して、背筋に寒気が走っていた。人類が、自分たちが犯してしまった事の重大さにようやく気付いたというように。
「これは私達、自然界からの最後の忠告と思ってください。すでに地球は死に始めています。しかし今からでもなんとかしようという努力をしなくては、地球が本当に死んでしまうばかりか、その死自体も早まるでしょう」

           3
「マツモトくん。マツモトくんしっかりしろ」
 遠くで自分を呼ぶ声がしている。はじめはそんな風にしか理解できなかったが、次の瞬間それがアヅマの声であることに気がついた。
「--アヅマさん」
 目を開けたマツモトの前に、アヅマの顔があった。アヅマは倒れていたマツモトにおおいかぶさるようにして覗き込んでいたのだが、これはマツモトが死んでしまっているのではないか、という不安のためでもあった。
「気がついたかい。いったい何があったんだ、フジ先輩には合流出来たのかい」
「え、何って。あたしどうしてここに--」マツモトは起き上がりながら、回りを見回し、そこがタケシの家の前であることを知った。「先輩は、フジ先輩はどこ」
「ええっ」アヅマが頓狂な声を出して辺りを見回すがそれらしき影は見えない。「先輩と一緒だったのか。いったい何があったっていうんだ」
 アヅマの声も聞こえないかのようにマツモトは不安そうな、今にも泣き出しそうな目を回りに向けていたが、アヅマがその肩をぐっと掴んでもう一度何があったのかと問うとその視線はアヅマの目に固定され、やがて涙によって曇っていった。
「どっ、どうしたのマツモトくん」アヅマはマツモトの涙にうろたえて言った。
「アヅマくん、どうしよう。フジ先輩があ」
「フジ先輩がどうしたっていうだい。何があったのか説明してくれよ。ね、マツモトくん」
 マツモトはアヅマの腕の中でさらに泣き続けるばかりだった。

「アヅマを残してきたのは良かったんでしょうかねえ。ねえキャップ」アラシが信用できない、といった顔でムラマツを振り返った。フジ、マツモトの応援にアヅマを残し、本部に戻った四人は今回の調査結果を検討していた。
「なあに、フジくんももうベテランだ、新隊員を上手く使っているだろう」
 ムラマツが言い終わらないうちに電話が鳴り、ハヤタが素早く受話器を取った。取り遅れたイデはアラシらに肩をすぼめてみせた。
「キャップ、京葉団地に怪物が出たそうです」ハヤタが電話を置くと出動の準備をしながら言った。「なに、アラシ、ハヤタ、行動開始。イデはフジくんに連絡」

 ヴィトルが京葉団地に到着すると、すでに警官隊が怪物を包囲しており、住民たちの避難もスムーズに進んでいた。
「見ろ、ハヤタ。あんなにでかいミミズは初めて見るぞ」アラシが怪物を指差していった。
「うむ、五メートルはありそうだ。あそこの公園に着陸して地上から攻撃した方がいいだろう」
「よし」アラシはそう応えると、操縦稈をたおしていった。

 本部に残ったムラマツはイデがフジを呼び出すのを待っていたが、なかなかつながらないようだった。
「どうしたイデ。フジくんはまだ応答しないのか」
「はい。確かに通信機の反応はあるんですが、フジくんが応答してこないんです。ひょっとすると、どこかに落としてしまったのでは」
「うむ。まさかとは思うが三人に何かあったとも考えられるな。アヅマとマツモトくんも一緒に呼び出してみてくれたまえ」
 イデは、はいと応えて通信機に向かった。

 アヅマとマツモトは「ナチュラル・レジャー・ランド」を迂回するように山を降りていた。タケシの家には結局誰も居らず、フジの行方も分からず仕舞いだった。
「マツモトくん、大丈夫だよ。フジ先輩はしっかりしてるから、きっとその犬を追って手掛かりを掴んでいるさ」
「----。」
 マツモトがアヅマを見返して何か言おうとした時、アヅマの胸の通信機が鳴った。
「はいアヅマです」胸の流星マークに応えてアヅマが言うと、その声は人気のない森の中に吸い込まれていった。
「え、はい、それが、僕が現場についた時にはマツモトくんしか見当たらなくて。はい、わかりました。後で連絡します」
「--なにかあったの」マツモトはアヅマが通信を切ると不安そうに聞いた。
「本部からだ。フジ先輩と連絡がとれないから調べてほしいと言ってきたんだけど--」
「なあに」
「どうも先輩の通信機はどこかに落ちているらしいんだ」アヅマはマツモトの方を見ようとはせず、道の行方を追うように視線を正面に向けていた。それはマツモトにとってどう受け取られたのか、アヅマには分からなかったが、マツモトがまた俯いて口を閉ざしたことは確かだった。
「イデさんが通信機の落ちている地点を指定してきたから、とにかくそこへ行ってみよう」そういってアヅマはマツモトの手を取って急ぎ足に歩き出した。

 団地の植え込みを乗り越えて、巨大なミミズがハヤタ、アラシ達に向かってくる。その何とも言えない体色とぬめぬめと光り蠢く様が、アラシをして後ずさらせるにたるものがあった。
「このお。スパイダーショットの威力を見ろっ」アラシがスパイダーの能力を最大にして大ミミズに向かってゆく。
 大ミミズは異臭を放ちながら燃え上がり、辺りを転げ回った末、動かなくなった。
「なんだ、歯応えのない奴だ」アラシが肩空かしをくったようにハヤタを見た。
「うむ、しかしなんだってこんなに大きなミミズが現れたんだろう。この辺りはもともと海だったところを埋め立てて造成したような場所だから、何十年も生きていた、なんてことはないだろうしな」「だいたい、ミミズがそんなに長く生きてたにせよ、こんなにでかくなるかい」

「いや、アフリカでむかし全長十メートルにも及ぶ大ミミズが目撃されたという話もあります。巨大なミミズが存在しないと決めてかかるのは間違いでしょう。」イデが博識を披露していった。
「それはそうとフジくんと連絡がとれないっていうのはどういうわけなんだ」アラシは口や知識ではイデに叶わないと見て話題を変えたが、実際のところみんなフジを心配する余り、その話題には触れずにいたようだった。
「イデ、その後どうなんだ」ムラマツがアラシ、ハヤタを代弁して言った。
「はあ、まったく連絡がありません。アヅマ、マツモトのふたりがフジくんの通信機を発見してからすでに三時間余り経ちますから、フジくんの身になにかあったとしか--」
「馬鹿なことを言うな。フジくんだって、立派な科特隊員なんだ。きっと敵を尾行していて連絡する暇がないんだよ」アラシがイデの言葉を遮るように怒鳴った。不安と緊張が作戦室を包み、呼吸さえもはばかれるような重苦しい空気が、コンピュータの小さな信号音を伝えている。
 その時、ドアが開いて新隊員の二人が帰ってきた。二人はフジが行方不明になっている事を自分たちの責任のように感じているらしく、うなだれて、作戦室に入るのも躊躇いがちだった。
「二人とも疲れただろうが、まず報告からしてくれたまえ」ムラマツが二人に椅子を勧めながら言った。アラシもイデも二人の周りに集まり、その言葉を待っている。
「タケシ少年の家には結局誰も住んでいないようでした。初め裏庭にいた少年とシバという犬も後で行ってみた時にはいませんでした」マツモトが一言づつ区切るように、ゆっくりと話し出した。「すみません。私がもっとしっかりしていればフジ先輩がこんなことには--」
「いや、それはマツモトくんの責任じゃないよ」アヅマが口を挟む。
「フジくんの通信機はどこにあったんだ」ハヤタが聞く。
「はい。『ナチュラル・レジャー・ランド』の近くの川縁です。川っていっても水量も少ない小さい奴ですけど、以前はもっと水も多く、渓流釣りの穴場だったそうです」アヅマがマツモトに代わって答える。「通信機は大きな岩のうえに乗せてあるような感じでした。でも周りにはフジ先輩の手掛かりはなにもなくて--」
「いくら水の量が減っているとはいえ、川縁だ、足跡の一つくらい無かったのか」アラシがあら探しするように指摘する。
「ええ、それは私達も不思議だったんですけど、私達がその岩まで行くのにはどうしても足跡が残る場所を通らなければならなかったのに、それ以前には足跡がありませんでした。フジ先輩が通信機をそこに置いたのがどんなに早くても今日のことですから、足跡が無いのはおかしいってずっと話していたんです」今度はマツモトが答えた。そしてムラマツ、イデ、アラシ、ハヤタの四人はそれぞれの考えをまとめようとするように腕を組み、或いは天を仰いで沈黙した。
 作戦室の重苦しい沈黙を破ってムラマツのデスクの上でインターフォンが鳴った。
「はい、作戦室。なんだって、うむ、すぐこちらに来るように」インターフォンを切るとムラマツは五人に向かって複雑な表情で言った。「フジくんが戻ったと守衛室からの連絡だ。すぐにこちらに来るはずだ」

      4
「じゃあ、そのシバという犬は自然の化身だというのかね。我々人類が自然を破壊し過ぎるという警告のために現れたというのか」ムラマツがフジの報告を聞いて半ば独り言のように言った。
「ええ、これが最後の警告だとも言っていました」フジはむしろシバの代弁者のように言い放った。「まてよフジくん、確かに今地球の環境は破壊されている。それを何とか食い止め自然を取り戻さなきゃならない。それは僕たちにもよおく分かっているが、そのシバのやっていることは本当に自然を取り戻すための手段だったかい」ハヤタが冷静な分析でフジに反論する。
「でも、怪獣なんていうのは台風や地震と同じで自然現象の仲間だと教えられましたよ。今回の事件も『ナチュラル・レジャー・ランド』が山を切り開いて自然を壊したことに対して、シバが怒って暴れたわけでしょう。手段だとかいうのは二の次なんじゃないですか」科特隊員としてそう教えられたのにという不信感をも露にアヅマが言った。マツモトも同意を表して頷く。
「それはただ暴れまわる怪獣の時にだけ通用する論理だ。今回のようにフジくんと対話して見せたりするからにはそれなりの考えを持って行動しているに違いない。それがどういう意味を持っているのか確認するのも大事なことなんだ」ハヤタが新隊員を諭すように言った。
「ハヤタさんのいうことは正しいわ。でも私達が今現在地球の死を早めているのも事実なのよ。シバの意見は私達に環境保護を訴えるひとつのきっかけとして受け止めるべきなんじゃないかしら」フジはハヤタだけではなく、作戦室に集まった全員に向かって言った。そしてその言葉は隊員達に深く反省させるだけの重みを持っていた。
「フジくん、僕もシバと話してみたいな。もう一度タケシくんの家に行ってみないか」ハヤタはフジをせき立てて作戦室を出ていった。

 ハヤタとフジが出ていってしまうと作戦室の電話が鳴り始め、各地で怪物や怪獣が暴れているという通報が相次いだ。なかには京葉団地のように巨大なミミズであったり、ムカデであったりもした。
「アラシはアヅマと共に東京Q地区へ、イデはマツモトくんと伊豆方面を、私はここで皆を指揮する。怪獣の暴れている場所が多く、一箇所の怪獣を倒したら次の場所へ飛んでもらう」ムラマツが出動を前にして隊員たちに指示を与えている。これまでにない事態に直面して隊員達の表情も固い。
「キャップ、出動前にこれを配っておきたいのですが」イデが持っていたトランクをデスクの上に乗せて言った。蓋を開けると中には片手で握れるほどの大きさの筒状のものが入っている。「マツモトくんが開発してくれたスーパーガン用のパワーアップ・アタッチメントです。これを装着すればスーパーガンの威力は十倍にはなり、マルスやスパイダーショットよりも頼れる武器になるはずです」
「うむ。マツモトくんよくやってくれた」ムチマツがマツモトの肩を叩いて労をねぎらう。
「よし、アヅマさっそく出動だ」アラシがアタッチメントを掴んでアヅマを促し、掛け出してゆき、アヅマもそれを追って出てゆく。それに続いてイデ、マツモトもムラマツに敬礼して飛び出してゆく。二機のヴィトルが飛び立ってゆくのを確認しながらムラマツはフジの言っていた自然の警告のことを思い出していた。
「これも警告のひとつだろうか。大自然が我々人類に対して怒りを表しているのか」

 山道には街灯もなく真っ暗な闇が続いていた。その闇を切り裂くように科特隊の専用車が舗装されていない道を進んでゆく。やがてタケシの家の前に止まるとフジとハヤタが静かな夜の中に降り立った。二人の耳には地虫の低く唸るような泣き声位しか聞こえてはこない。すでにこの山には夜行性の鳥も獣もいないのかもしれなかった。
「ここがタケシくんの家か。裏庭にその犬がいたんだね」
「ええ、でも今はどうかしら。アヅマくんとナツミちゃんが行った時にはもういなかったていうし」
「うむ、家の中にも明かりは見えない。誰も住んでいないというのは確からしいね」ハヤタが断定するように言った。
「そうすると、昼間あったタケシという少年は一体何なのかしら。あの子までシバのように自然界の使いだったっていうの」
「--とにかく裏庭にいってみよう。犬小屋っていうのを見てみたい」ハヤタが先に立って歩き出すとフジも急いで続いた。
 裏庭にも初め何もないように見えたが、月明かりだけを頼りによく目を凝らしてみると、闇に目がなれるにしたがって大きな犬小屋の中に何かがいることが分かってきた。
「シバ、そこにいるのか」ハヤタが声を掛けてみる。すると犬小屋の中にうづくまっていたものが頭を上げ、ハヤタ達の方を見た。二人は一瞬身構えたが、頭を上げたシバの脇からタケシが出てくるのを認めると顔を見つめあった。その一瞬のうちに二人の間で視線による会話が行われ、ハヤタがまず話を切り出すことになった。
「タケシくん、君一人なのか」
 ハヤタの言葉にタケシは頷いて見せただけでそれ以上何も言おうとはしない。小屋の前で二人を見つめるようにただ立っているタケシの脇に、シバがその姿を現した。
「ウルトラマン、このタケシ少年はたった一人さ。両親も、おじいさんも死んでしまった」シバが例のテレパシーでハヤタに話し掛けてきた。ハヤタは自分をウルトラマンと呼ばれたことではっとしてフジを振り返ったが、フジは不自然な様子でたったままシバを見つめている。「フジくん」と呼び掛けてみても反応はなかった。
「フジ隊員は今我々のいる次元とは別の次元にいる。いや、我々の方が別の次元にいると言うべきかな。君のことをウルトラマンと呼んでも彼女には分からないさ」シバがハヤタの疑問に答えるように言った。
「なるほど、君の力は分かった。しかし、君も自然の化身ではないようだな」ハヤタが相手を見透かすようにいう。するとシバは楽しそうに笑って、その通りだと言った。
「地球人以外の生物と話をするのも久し振りだ。ウルトラマン、会えて嬉しいよ」
「ぼくも地球人以外の生物と話すのは嬉しい。しかし地球を侵略しようとするのならそれは絶対にさせはしない」ハヤタが決意を現して言った。
「なにか誤解しているようだなウルトラマン。私は地球を侵略しようなどとは思っていない」
「ならば、今各地で暴れている怪獣たちとは関係ないのだな」
「いや、確かにあの怪獣たちは私の指図で動いてはいる。しかし侵略が目的ではないのだ。私はこの地球に来て久しい。地球の時間にしてすでに三百年が過ぎている。宇宙船の事故で不時着したのがこの地球に降りた理由だが、この自然の豊富な星が気に入ってずっと暮らしてきたんだ。だが見たまえこの数十年に人間どもがしたことを。自然を汚し、環境を破壊したことばかりじゃないか。自分たちの都合のいいように自然をも作り変えようとして、掘り返したり崩してみたり、空気を汚し、水を汚し、一体この地球を誰のものだと思っているのか」シバがその口の中で低く唸った。
「--それは私も気がついてはいる。しかし人類だって気がついていないわけではないんだ。我々他の星人が口を挟むべき問題でもないんじゃないのか」
「何を言っているウルトラマン。君は人類の味方であっても、地球の味方ではないのか。いま地球にとって一番重大な敵は人類に他ならないんだ」シバがまた唸っていった。「君がやらないのなら私がやるまでだ。君とは協力できるものと思っていたが、残念だよ」
 シバの姿がかき消すように見えなくなっていった。
「ハヤタさん。犬がいないわ」フジがシバの消えたのに気付いて言った。
「--無茶なことをしなければいいが」ハヤタはフジには聞こえないような小さな声で一人呟いた。
 後に一人残されたタケシが急に泣き出して、フジの元へと駆け寄ってきた。フジが訳を聞くと、両親と祖父、そしてシバまでが居なくなってしまったのだ、と言って声を詰まらせた。

「アラシより本部へ、アラシより本部へ。新しいアタッチメントの威力は抜群です。後始末は防衛隊に任せますから、次の場所を指示してください」
「よし、アラシご苦労だが次は東京U地区へ向かってくれ、巨大な毛虫がマンションに繭を作っているらしい」
「了解。東京U地区に向かいます」
「こちらイデ、伊豆の大蟹は倒しました」
「イデは大阪に飛んでくれ、淀川に巨大などぶ鼠が現れたと連絡があった」
「はいはい、了解しました、すぐに大阪に飛びます。それはそうとキャップ、マツモトくんのアタッチメントは恐ろしくいい出来ですよ」
「そうか、それはよかった。こんな状態だ、少しでも強力な武器が欲しいところだ」
「キャップ、少しどころかこれがあればマルス133なんて要らないくらいですよ」イデが少々オーバーにいうが、実際の威力も確かなようだった。
「とにかく各地の怪獣を倒すまで頼むぞ」ムラマツが締め括るように言った。

      5
「ハヤタより本部へ、本部応答せよ」車に戻るとハヤタは本部に連絡を入れた。
「ムラマツだ。なかにわかったかね」
「はい。京葉地区に現れた大ミミズもシバの仕業だったようです」
「それじゃ、いま各地で暴れている怪獣どももシバが糸を引いているのか」
「なんですって、各地に怪獣が現れているんですか」フジが驚いて言う。
「いま、アラシとイデが新人を連れて片づけているが、二人にもすぐ現場に飛んでもらいたい」
「分かりました、すぐに現場に向かいます」
「待ってハヤタさん、またシバが現れたわ」フジが前方を指差していった。
「キャップ、『ナチュラル・レジャー・ランド』に怪獣出現です。我々は先にこちらを攻撃します」
「よし、きおつけるんだぞ」
 シバは前回現れた時のように巨大な熊のような姿をハヤタ達の前で月光に晒している。その瞳は怒りに燃えているのか爛爛と輝き、「ナチュラル・レジャー・ランド」の施設を叩き壊してゆく。
「フジくん、君はタケシくんを安全な所へ。僕はその間奴の気を引いておく」
「あ、ハヤタさ、待って」フジが走り出すハヤタの背中に叫んだが、ハヤタは聞こえないのか、そのまま「ナチュラル・レジャー・ランド」に向かって走ってゆく。
 ハヤタはスーパーガンを構えると暴れ回るシバの頭部を目掛けてひき金を引いた。シバの頭に花火のような閃光が走る。
「くそう。スーパーガンではこの程度の攻撃でしかないのか」ハヤタが独りごちる。
 そのハヤタの視界の隅にヴィトルが映った。各地に現れていた怪獣や怪物はシバが現れると同時に姿を消してしまい、イデ、アラシは「ナチュラル・レジャー・ランド」に急行してきたのだ。
 山の空気を裂くようにヴィトルからの攻撃が始まる。しかしシバも同じ過ちを犯さない。今度はヴィトルをたたき落とそうと、後ろ足で立ち上がり、前足の鋭い爪を武器にして向かってきた。四つ足の怪獣がいきなり立ち上がったのでアラシは不意をつかれ右の主翼を弾き飛ばされ、緊急脱出しなければならなかった。
「ああ、アラシ、アヅマ」ハヤタはフジ達の視界から自分の姿が見えなくなったのを確かめると胸のポケットからベータカプセルを取り出し、ウルトラマンに変身した。
「ナチュラル・レジャー・ランド」の施設はあらかたシバのために破壊され、さながら建設前の造成地の様な状態となっていた。しかしシバはそれでは飽きたら無いのか、施設の跡をいつまでも叩き続けている。そのシバの前に銀色の巨人が空から下り立った。
 はじめシバもウルトラマンも迂闊に手出しできないのか睨み合ったままじりじりと時計周りに回りながらお互いの間を詰めていった。やがてシバがその鋭い爪を武器にウルトラマンに襲いかかり、二者は倒れ込んでの掴み合いとなった。接近戦ではシバが断然有利に見えた。その鋭い爪、牙、そして敏捷性、肉食の哺乳動物がもつそのような特性をシバは持っていた。
「ウルトラマン、がんばって」フジが安全圏から声を振り絞って声援を送る。またタケシも心の中ではそうしたいのだが、ウルトラマンの戦う相手が自分の愛するシバであることから声に出しては言えなかった。しかし、シバが有利に見える現在の戦いに少なからず誇らしい気持ちもどこかにあった。
 ウルトラマンのカラータイマーが点滅を始める。地球上では急激にエネルギーを消耗するため、ウルトラマンとして活動できる時間は三分間しかなかった。その時間が迫ったことを、胸のカラータイマーが点滅して知らせているのだ。シバの押さえつけられていたウルトラマンもその時が迫ったことで必死になり、一瞬の隙を突いてシバを振り落とし、態勢を整えると、向かってきたシバ目掛けて必殺のスペシュウム光線を発射した。
 シバの脳天に火柱が立ち、地響きを立ててその巨大な体が仰向けに倒れた。暫くは手足が痙攣していたがそれもやがて治まり、シバは動かなくなった。
 大地は荒れ果てていた。それは確かにシバの破壊のためであったが、それを見た科特隊員達の目には傷つき死にかけている大地の姿そのもののように思えてならなかった。

      6
 大地が死にかけている。
 フジを始めとする科学特捜隊のメンバーも今回の事件によりその事の重大さにあらためて気付いたといえるだろう。増え過ぎた人間と、人間主体に考えがちな文明を変えてゆくことはすぐに出来ることではないだろう。しかし、今ひとりひとりが始めておかねばならないことでもある。
 その後「ナチュラル・レジャー・ランド」は再建され、今日も大勢の観光客達がレジャーを楽しんでいる。その大地に流された血が何を訴えていたのか、彼らに問うことも今は虚しい。
 シバの声が今もどこからともなく「ナチュラル・レジャー・ランド」には聞こえてくるという。そんな怪談めいた噂もあるにはある。けれどフジに言わせればそれはシバが大地に聞かせている子守唄なのだという。永遠に覚めない眠りの為に歌われる子守唄に他ならない、と。
 イデはマツモトと共に研究室に籠もって、新発明に精を出している。今回は兵器ではない。しかしその新発明「資源再生機」がいつ完成するのかはまだ誰にも分からない。

  
〔了〕

結城 涼 初出/「TOWER」森海社刊

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