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2005年6月 8日 (水)

小説・ウルトラマン「緑の海原」

 海は緑に染まり、青い水平線はそこには無かった。波打ち際はまるで湿原のように海藻が密生し、それがはるか海上に続いているのだけが見えるばかりだった。直径十キロにも及ぶ海藻の異常生長海域はさらに広がる様相を呈し、すでにスクリューを海藻に捕られ立ち往生し、放棄された漁船なども数隻が視界の隅の方で、夏に近い太陽の光りを浴びて海藻の上に横たわり、その姿は時間までもが死んでいるかの如く、静かすぎるように見えた。

ウ ル ト ラ マ ン / 緑 の 海 原      結 城   涼 

    1
 海は緑に染まり、青い水平線はそこには無かった。波打ち際はまるで湿原のように海藻が密生し、それがはるか海上に続いているのだけが見えるばかりだった。直径十キロにも及ぶ海藻の異常生長海域はさらに広がる様相を呈し、すでにスクリューを海藻に捕られ立ち往生し、放棄された漁船なども数隻が視界の隅の方で、夏に近い太陽の光りを浴びて海藻の上に横たわり、その姿は時間までもが死んでいるかの如く、静かすぎるように見えた。
「ひゃ~、こりゃあ手の付けようがないよ。いくら新兵器を発明しても相手が海藻じゃあねぇ」イデが甲高い声で言うのにキャップのムラマツがウム、と応えた。海藻のはびこる海岸に立つ科学特捜隊のムラマツ、ハヤタ、アラシ、イデの四人は驚きというより呆れ果てたと言うような表情で緑色の海を眺めていた。彼らの頭上では何機目かのヘリコプターが爆音とともに過ぎてゆく。海上では放送局や新聞社のヘリコプター、セスナ機がこの異常な自然現象の取材を競っているのが、まるで田圃に群れ飛ぶトンボのように見えていた。
「一体、なんだって海藻がこんなに増えやがったんだろう」アラシが単純だが一番の疑問を口にすると四人の背後で声が応えた。
「海を汚し過ぎたからよ」振り返ったそこには十四、五才の少女が立っていた。四人は風に揺れる白いワンピースがやけに眩しく感じられ、しばし言葉を失ったが、ムラマツがまず口を開いた。
「海を汚したからだって」
「そうよ」少女は視線を四人の遙か遠く、緑色の水平線に向けて素っ気なく答えた。
「そういえば二ヵ月前にタンカーの事故があったのはこの沖でしたね。船腹に亀裂が入って原油が流出した……」イデが記憶を辿るように言い、アラシも思い出したと言うようにうなづいたが、少女はやはり素っ気なくそれに答えて言った。
「それだけじゃないわ」確かにそれだけでは無い。四人は少女の視線を追うように再び海に目を向けた。
「海が怒ったってわけか。そうかも知れないな」アラシが苦い顔で噛み締めるように呟くと、ムラマツ、ハヤタ、イデの三人も重苦しくうなづいた。
「でも、汚れた海にどうして海藻が……」少女を再び振り返りつつ言うイデの言葉が途切れた。そこにはもう少女の姿は無かった。キツネに摘まれたように辺りを見回すムラマツ、アラシ、イデ、しかしハヤタの目は海上の異変をそれより先に捕らえていた。
「キャップ、あれを」ハヤタの指差す方向に三人が目を向けると、そこには海面の海藻群から突き出したような触手が上空のヘリコプターに向かって揺れていた。その触手は三本程延ばされていたが、どうやら海藻に覆われた海面にはまだ何本も残されているようで、その大きさもヘリコプターと比較してみれば並大抵でないのは一目瞭然だった。
「なんなんだ、ありゃあ」アラシ、イデが言う間にも触手はヘリコプターを牽制し、またヘリコプターの方では特ダネにぶつかったとでも言うように触手の回りから離れようとはしない。
「まったくなにを考えてる。危険過ぎるゾ」思わずムラマツが言い、アラシ、イデも口々に「危ない」と怒鳴るが海上のヘリコプターには勿論とどかない。ムラマツは無謀な新聞社の行動を止めるためアラシ、イデ、ハヤタにヴィトルへの搭乗をうながした。三人が即座に程近いグラウンドに着陸させてあったヴィトルへと走り掛けた時、触手の根元の方で何かが破けるような音がしたかと思うと、ヘリコプターに向けて黒い液体が吹きかけられるのが確認された。黒い液体はみるみる霧状に拡がり、その辺りを薄墨の中に霞ませ、やがて消えていった。がヘリコプターの広いフロントガラスは真っ黒に染まり、まるで巨大なハエのように上空をフラフラと彷徨うように飛んでいた。
「ああ、あぶない」ハヤタが言い終わらないうちに触手がヘリコプターを捕らえた。横殴りに叩かれたヘリコプターはまるでオモチャのように海上に落ちてゆき、海面を埋め尽くした海藻の上にグチャッとめり込むと間もなく黒煙をあげて炎を吹いた。
「ヴィトルだ。急いでヴィトルに乗るんだ」ムラマツの命令でアラシ、イデ、ムラマツは一号機に、ハヤタは小型ヴィトルに分乗する。二機のヴィトルが現場上空に急行した頃には取材のヘリコプターもいったん陸地に戻るなどして半数ほどに減り、残ったヘリコプターも現場を避けて、とおまきにしていた。
「キャップ、やつは大イカですよ」イデが指した触手の根元には確かに巨大なイカがぬらぬらとした顔をのぞかせ、上空のヘリコプターやヴィトルを窺っている。ムラマツは通信機のマイクを取り上げ、取材のヘリコプターに退避を指示すると、アラシ、ハヤタに攻撃を命令した。たちまちに二機のヴィトルからロケット弾が大イカに襲いかかり炎を上げる。大イカはヴィトルを叩き落とそうと触手を振り回して暴れ、ハヤタの小型ヴィトルが何度目かの攻撃に近づいた時、ヘリコプターを落とした墨を再び吹き出した。ヘリコプターと違い、高速のヴィトルは墨が霧になる前にそこを脱することは出来たが、やはり前半部を黒く染め、操縦のしようもなくフラフラと大イカの上を彷徨うことになり、触手の一撃をかわす術もなかった。
「ハヤターっ」ムラマツ、アラシ、イデが同時に叫んだ時には小型ヴィトルもさっきのヘリコプター同様、海藻にめり込んでいた。
「あ、見ろ、ウルトラマンだ」アラシが上空から高速で飛んでくる銀色の巨人に気付いて言った。ウルトラマンは両手を前方に揃え、矢のように大イカに体当たりした。巨大な水柱があがり、周りの海藻も千切れ飛ぶ。一瞬海中に没したウルトラマンも間もなく姿を現し、次の攻撃に備える。足場は弱いながらも海藻のお蔭で充分踏み締めることが出来る。しかし大イカの方は没したまま姿を現す気配がない。それまで触手を出していた場所にはぽっかりと穴が開いたように海藻が無くなり海面が見えている。ウルトラマンが緊張を解いて辺りを見回そうとした時、その背後を触手が襲った。次々巻きつく触手に動きを封じられ、もがき苦しむウルトラマンを加勢するためヴィトルが大イカにロケット弾を打ち込む。その隙をついて触手から逃れ、両手を十字に組みスペシュウム光線を構えた時、一瞬早く大イカの墨がウルトラマンに浴びせられた。その墨はウルトラマンの目を奪ったが、触手の気配を察してすかさずスペシュウム光線を発射したウルトラマンの前に、大イカは粉々に砕け散った。敵を倒したとはいえ浴びた墨で視力を奪われてしまったウルトラマンは、しばし両手で顔を覆いその場にうずくまっていたが、すぐに彼方の空へと飛び去っていった。

    2
 後の処理を到着した防衛隊に任せ本部に戻ろうとしたヴィトルが、海岸に立つハヤタを発見し、ヴィトルに収容すると、彼が目をやられていることがわかった。ハヤタが言うには爆発寸前のヴィトルからウルトラマンによって助けられたが、大イカの墨がその時目に入ったようだということだった。
「フジ君、ハヤタが目をやられた。手当てしてやってくれ」本部の作戦室に入るなりムラマツが科特隊の紅一点、フジ・アキコに言うと、その後ろからアラシ、イデに両側から支えられたハヤタが入ってきた。
「まあ、ハヤタ隊員、大丈夫」
「ああ、大したことはないよ」ハヤタが無理に笑いをつくってフジに答えるが、目の痛みを隠しきれない様子が他の隊員たちにも察せられた。早く医務室へ、とフジがアラシ、イデを急かして出ていくと、作戦室のメカニカルな音だけが残されたムラマツを包んでいった。
「あとはゆっくり休んでいるといいわ」
「そう、俺たちに任せて寝てるんだな」フジ、アラシがベッドに横たわるハヤタに声をかけ、部屋を出てゆく。洗浄した目には大袈裟にも思えるような包帯が巻かれている。一人になってみると今更のように疲れを覚えたハヤタは静かに眠りの国へと入っていった。夢の中を漂ううち、ハヤタは誰かが彼を呼ぶのを感じていた。夢の中の声はしかし、人間ハヤタではなく、彼の中にいるもう一人の彼自身であるウルトラマンの名を呼んでいることに気付くのには少しかかった。
「僕を呼ぶのは誰だ」
「--誰でもないわ。ただの声よ」応えたのは海岸で出会ったあの少女だった。やはり白いワンピースを幻のように揺らしている。「ウルトラマン、あなたは地球のために随分働いてくれたわね。宇宙人の侵略から守ってくれた。凶暴な怪獣を倒してくれたわ。でもあなたはいつも人間のためだけに闘ってきたんじゃないかしら」
「いや、人間だけじゃない。僕は地球の平和のために……」
「でも怪獣だって地球の生き物よ。掛け換えのない命のひとつだわ」少女は冷めた目をハヤタに向け、素っ気ない程冷やかに言葉を継いでゆき、彼女の立つその背後には、これまでウルトラマンが倒してきた怪獣たちの幻が現れては消えてゆく。
「しかし平和を乱すものであれば宇宙人であろうと、地球の生物であろうと倒さなくてはならないんじゃないのか。それは人間であろうと同じことだ」ハヤタが手を延ばせば届きそうでいながら、どこか遠い存在のようにも思える少女を見据えながら言った。
「ウルトラマン、あなたは自分の言ってることの意味を充分には理解していないわ」少女の目はそれまでの冷めたものから慈愛に満ちた色に変わってゆき、それはハヤタの心の中に染み込んでくるようにも感じられた。「目が覚めたらあなたの周りをよく見回してみるのね。地球の平和を脅かしているものが一体誰なのか、地球人ではないウルトラマンならよくわかるんじゃないかしら」声はいつしか低く小さく消えてゆき、少女の姿も闇に溶けていった。ひとり残されたハヤタの目から光るすじが流れ落ちたことに、彼自身すら気付いてはいなかった。
「あら、ハヤタさんもういいの」ハヤタが目を覚まし作戦室に入ってゆくとフジが声をかけた。外はすっかり暗くなり、どんよりとした雲が月明かりを遮っていた。フジに手当ての礼を言って、休んでいるあいだに起こったことを簡単に聞いてみると、例の海藻は更に増殖し続けているらしいとのことだった。アラシ、イデは現場で待機しているといい、ムラマツは上層部との会議で出たままだという。
「そうそう、イデさんに聞いたけど、ヘンな女の子がいたそうね」フジがイデに聞いたというのは海岸で会ったあの少女のことだった。海が汚れたから海藻が増えたなんて、おかしな話ね。とフジは笑ったが、ハヤタは夢の中での彼女との会話が思い出され笑う気にはなれなかった。そんなハヤタに気付いて「どうかしたの」と聞くフジにハヤタはなんでもないんだ、と言ってはみたものの、思い切って切り出してみた。
「フジ君、君はどう思う。我々人間が地球を破滅させてしまうようなことがあるんだろうか」突然の質問に戸惑いながらもフジは考え考え答えた。
「う…ん。そうね確かに世界中の核ミサイルは地球を破壊するのには充分過ぎる数があるし、自然を破壊してるって事実もあるわね。だけど……」
「だけど、なんだい」
「誰も地球を破滅させようなんて思っていないわよね。ただ、知らず知らずにしてしまっているのよ。--その方が怖いことかな」フジはそう言って寂しげな笑顔をハヤタに向けた。そう、誰も地球を、自然環境を破壊しようなどとは思ってはいないのだろう。しかし現実には気持ちとは裏腹に破壊兵器を開発し、自然を壊してしまっている。気付いた時には手遅れだった、そのことの方が確かに恐ろしいことだとハヤタも思った。
「あ、キャップ」その時会議を終えて作戦室に戻ってきたムラマツにハヤタが声を掛けた。「どうでした、会議の方は」
「それより君の方はもういいのかい」ムラマツは話題をそらしてハヤタの目を気づかいながらも会議のことが気になるらしく渋い顔でドカリとイスに座った。
「キャップ、どうかしたんですか、そんな顔して」フジが無理に明るく振る舞ってもムラマツは卓の上に置いた書類に目を落としたまま、ウムと唸り、それからハヤタとフジの顔をゆっくりと見、ようやく口を開いた。
「実は例の海藻を薬品を使って枯らすことができないか、というのが上層部の意見なんだ。すでに船舶の航行にも影響が出始めているから早急に手を打ってくれと言うことだ」ムラマツの言葉は終わりの方では溜め息のように力を失っていた。
「しかし、キャップ。へたな薬品を使えばさらに海を汚染することになるんじゃないでしょうか」
「そこなんだ、問題は。なんとか海を汚染せずに海藻だけを処分出来ればいいんだが、そんな都合のいい薬品も今のところないし、これから開発していたのでは船舶への影響も計り知れない。その上またあんな怪獣にでも住みつかれてはそれこそ手が付けられない、というのが会議の内容なんだ。まるで結論が出ないままだ。とにかく危険海域として一帯を封鎖し、一刻も早く有効な手段を考えようということで今日のところはお開きだ」ムラマツが言い終えると言葉を継ぐものもなく、ただメカニカルな音ばかりが三人の上に降ってくるだけだった。しばしの沈黙のあと、思い出したようにムラマツがフジに言った。
「フジ君、イデたちを呼び出してくれないか」

         3
「はいはい、こちらイデ、アラシ。危険海域に今のところ異常はありません」昼間と同じ浜辺に腰を下ろしていたイデとアラシの二人は本部からの通信を受け、今一度海上を見回しながら応えた。確かに海藻の広がる海は静かで波音すらなく、異常な状況とは裏腹に平和そのもののように見えていたが、暗く雲の垂れこめた空の方では雷の近づいてくるゴロゴロという唸りが二人の耳に響いていた。
「こりゃあ、今夜は雷雨ですよ」アラシが言うと、ムラマツも気の毒そうに、大変だろうが頑張ってくれ、と二人を励まし通信を切った。
「あ、ついに降ってきやがった」イデが両手で雨を受けるようにしながら天を仰いでいるとアラシの顔にも雨の雫が当たり、それはみるみる数を増してゆき、白い砂浜を染めてゆく。
「おい、ヴィトルに戻ろう」アラシが、言うが早いか走り出し、イデもその後を追う。走る二人を稲光が照らし一拍おいて雷鳴が辺りの空気を震わせた。
「ひゃ~、雷様だあ」イデが情け無い声で叫んだ時、もう一度雷鳴が辺りを震わせたが、それはさっきより低く、重苦しい上に、稲光も無かった。アラシがそれに気付き足を止めて水平線に目を向けると、遠くの岬の灯台から延びた光りが、海上に蠢く影を捕らえたのが見えた。
「おい、イデ、海に何かいるぞ」
「なに、何かの見間違いじゃないのか」イデもアラシと並んで水平線の方を見るが特に動くものは見当たらない。
「いや、確かに何かが動いたんだ。ヴィトルで行ってみようぜ」アラシが走り出すとイデもオーケーと応えてその後を追った。
「これじゃあ暗くて何も見えやしない」ヴィトルから海上を見下ろしながらイデが吐き捨てるように言う。外は豪雨と曇天で真っ暗な闇に包まれ、時折光る稲光と周期的に回ってくる灯台の明かりだけが視界の全てだった。
「確かこの辺りだった。小山のような影が動いたんだ」アラシが暗くて何も見えない海上を見下ろしつつ呟く。
「仕方がない、照明弾を投下しよう」イデが傍らのスイッチを捻るとヴィトルから照明弾が投下され、海上をまばゆく照らし出した。しかしその光りの中には蠢くものはなく、昼間同様海藻が続いているのだけが照明弾の強い陰影の中に見える。
「もう一発たのむ」アラシが消えて行く照明弾を睨みつつ、ヴィトルの向きを百八十度変えて言った。イデがもう一基発射し、辺りが再びまばゆい光りに照らし出されると、今度はアラシの見たという影がその正体を現した。
「あ、あのやろう海岸に向かってやがったのか」
「今度は大ガメかい。一体どうなっちまってるんだ」それは確かに巨大な象ガメであったが、ただ巨大なだけではない、異形の怪物であった。
「それより本部に連絡だ、こっちは先に攻撃を始めるってな」アラシが意気込んで急降下の体制に入るのをイデが慌てて止める。
「まてアラシ、怪獣の背中をよく見ろ」イデの言葉にアラシが大ガメの背中を注視する。甲羅はまるでずっと以前からそこにあった島のように草や丈の低い木などが生えており、その間から人影がのぞいているのがアラシの目に飛び込んできた。
「おい、女の子だ。何だってあんなところに」
「もっとよく見ろよ、ありゃあ昼間の女の子だぜ」イデが言うとおりそこにいるのは確かにあの少女に違いなかった。
「よおしわかった。こちらもすぐに駆けつけるからそれまで頼んだぞ」イデの報告を受けたムラマツが通信機のスピーカーの向こうで言った。
「アラシ、あんまり怪獣を刺激するな。あの子が振り落とされてしまうぞ」大ガメの前進を食い止めようと大ガメの気をそらすように至近距離をかすめとぶヴィトルを操縦するアラシに、イデが悲鳴に近い叫びで訴える。大ガメもヴィトルが気になるらしく、ヴィトルがかすめ飛んでゆくたびに歩みを止め体を揺らして低く唸っている。
「しかしなあ、奴を上陸させたら大変なことになるぞ」
「そりゃあわかっちゃいるけど…。おっ、キャップのヴィトルだ」イデがムラマツたちの乗ったヴィトルを見つけて指差した。
「どうしましょうかキャップ。あのままじゃ手出し出来ませんね」ハヤタが大ガメの上空に来て、少女を確かめてから言った。外は豪雨と落雷で荒れている。照明弾の光りに照らし出された大ガメの姿は強い陰影がグロテスクな異形を強調していた。二機のヴィトルは少女を助けるいい方法が見つけられないまま大ガメの上で旋回を続け、それがかえって大ガメを刺激する結果となり、甲羅の上で振り落とされないように手近の木々にしがみついた少女は時折ヴィトルに手を振って助けを求めているのが隊員たちの焦りにつながった。
「キャップ、オレが怪獣の甲羅に下ります」ハヤタが操縦席から立ち上がり、隣で操縦桿を握るムラマツに言った。「このままじゃ怪獣が興奮するだけですからヴィトルは海岸に着陸させて待機していて下さい」
「待てハヤタ、勝手な行動は許さん」
「危険すぎるわ、ハヤタ隊員」ムラマツ、フジの二人も口ではハヤタを止めようとはしたが、他に方法の無いことも判ってはいた。ヴィトルが大ガメの真上を通過した時、ハヤタはハッチから飛び出した。ジェット推進のヴィトルにとっては極めて遅いスピードではあったが生身の体にとってそれは高速と言えるものだった。しかしハヤタは大ガメの甲羅になんとかしがみつき海岸へと向かう二機のヴィトルを見送った。
「ウルトラマン、待っていたのよ」少女がハヤタより高いところから声を投げてきた。振り仰いでその姿を確認しハヤタがその高さまで登ってゆくと、もう一度少女が繰り返した。「待っていたのよ」

         4
 雨は少しずつ小降りになってきたが、それに替わって強く吹き始めた風が暗く垂れこめた雲を流してゆく。最後に打ち出された照明弾が萎んでゆく風船の様に光りの輪を闇の中に縮めて消えてゆき、一瞬暗闇が海岸を包み込んだかと思うと、強い光りがその闇を切り裂いた。すでに海岸線にそって待機した防衛隊からの投光機が海上をゆっくりと進む大ガメを照らし出し、その上陸を静か過ぎる程音もなく待ち続ける。ヴィトルから砂浜へと下り立った科特隊員たちは雨に打たれながら大ガメが近づいてくるのを押し黙って見つめていた。
「おいイデ、なにかおかしくないか」沈黙を破ってアラシがイデに話し掛けた。
「え、なんだい」
「怪獣のカラダだよ。さっきと違うとは思わんか」
「そういわれれば……」
「そうよ、確かに違うわ。さっきより醜くて、恐ろしい……」フジもそれに気付いたように、大ガメは少しずつ自らの姿形を醜く、凶暴に変化させ続けていた。先程まで目の上にあったトゲ状のものが今ではツノとなって天を睨み、上下両顎からは左右二本ずつの牙が伸び出してきていた。象ガメの特徴ある足もものをつかめるような形に分かれ、木々が繁った甲羅もそれまでの滑らかなものから、岩場のようなゴツゴツとした突起と化していた。
「ウルトラマン、あなたの力でこの怪獣を止めてほしいの。私ではもう止めることができないわ。地球人ではないあなたの力が必要なのよ」例の少女がハヤタと対峙して叫ぶように言った。大ガメの歩行によって揺れ動く甲羅の上では手近の木々にしがみついていなければならなかったが、それでも振り落とされる程ではなかった。
「どういうことだ。君はいったい」
「はじめは人間を少しおどかそうとしただけだったのよ」少女はハヤタの質問には答えず続けた。
「自然を破壊することの恐ろしさを少しでも知ってもらうために。でもこんな怪物を造り出そうとは思ってもいなかった。いつのまにか海の、自然界の邪念がカメの姿を借りてこの怪物になってしまっていたの。人間はまるで気がついていないけれど、海はずっと警告してきたのよ。怪物や超自然現象という形で」風が上空でうなりを上げている。雨は殆どあがってはいたが時折思い出したようにザアと降りつけていた。
「でもあらゆる神秘を科学で壊し続けてきた人間たちは、そのまま自然までをも壊そうとしてきたわ。自然との共存ではないのよ。自然を人間の都合に合わせようとしているのよ。そんなことが許されるかしら。地球に住んでいるのは人間だけじゃないわ。だからそれを知らせようとして海藻を増やしたり、大イカの姿を見せたりしたわ。けれどそれもあなたが邪魔してしまった。自然の邪念がこの怪物を造り出すきっかけを作ってしまったのよ。でももう過ぎてしまったことだわ。今はあなたに頼るしかないの」少女は悲しげな目をハヤタにむけてから海岸を指差して言葉を続けた。
「見て、このまま進めばすぐに上陸してしまう。そうなったら人間たちも攻撃を始めるでしょう。それは人間と自然界との闘いなのよ。地球という星が破滅に向かうことだわ。だから今のうちに、人間が手を出す前に止めてほしいのよ」
「--しかし、君は」
「私は海の住人。この姿は借り物よ。あなた方に会うためのね」少女がかすかに微笑んだようにハヤタには見えた。
「ムラマツキャップ。攻撃を開始しても……」防衛隊の指揮官がムラマツのもとに近づいてくるなり言った。ムラマツが甲羅の上に二人がいることを説明しても指揮官は譲ろうとはしない。「しかしこのまま怪獣を上陸させてしまっては大変なことになりますよ。--よろしい。それでは怪獣を直撃せず、奴の前進を止めるような攻撃をすることで了解戴きたい」
「--わかりました」しばし考えてからムラマツは言葉を押し出すように言った。
「甲羅には人がいるんです。気をつけてくださいよ」アラシが部隊に戻る指揮官の背に怒鳴ったが返事はなかった。
「お願いよ、ウルトラマン」少女が大ガメの咆哮に負けまいというようにハヤタにむかって叫んだその時、大ガメの目前に砲弾が炸裂した。耳を聾する爆発音が続いて二回、三回と起こった。大ガメは凶暴な唸りをあげて後ろ足で立ち上がった。甲羅にいた二人は慌てて木々にしがみついたがハヤタはともかく少女の方は長くしがみついていることが出来ず、「ウルトラマン、お願いよ」と言い残し海上へと白い影を曳いて舞っていった。ハヤタはおもわず少女に手を差し出してはみたものの始めからそれは届く距離ではなかった。投光機の作る大ガメの影の下に少女が消えていくのを歯を噛み締めじっと見つめていたハヤタはやにわに大ガメの頭を振り仰ぐと胸のポケットからベータカプセルを取り出し、フラッシュビームを焚いてウルトラマンに変身した。 
「あ、ウルトラマンよ」フジが歓声をあげる。防衛隊の攻撃が大ガメを興奮させる結果となり、甲羅の二人を気づかっていた隊員たちに希望をもたらす姿だった。
「だがあの怪獣、手強そうだぜ。見ろ、もう二足獣として完全に変態している」アラシがウルトラマンの苦戦を危惧して言うが、それは他の隊員たちにも判ってはいた。
「ダアー」という気合とともにウルトラマンの拳が大ガメに炸裂する。が大ガメの方は大してダメージを受けていない様子である。繰り返し拳をあびせるとさすがによろけはするが、大ガメの腕力も大したもので、一撃でウルトラマンを撥ね飛ばしてしまう。そんなことを何度か繰り返すうちにカラータイマーが点滅を開始する。ウルトラマンの体を支える太陽エネルギーは地球上では急激に消耗し、エネルギーが残り少なくなると胸のカラータイマーが点滅を始める。もしカラータイマーが消えてしまったら、ウルトラマンは二度と立ち上がる力を失ってしまう。残された時間はあと僅かだった。
「クソォ。時間がないぞ」アラシが歯ぎしりして呟くと隣でイデが大声を出した。
「思い出した。昨日作った新兵器があったんだ。こいつを怪獣にぶち込めば……。アラシ頼む」イデがベルトに取りつけてあったカプセルを手渡すと、アラシはスーパーガンに装着して狙いを定める。ウルトラマンが大ガメの前進を阻むように海岸を背に立ちはだかっているため中々狙いを付けることが出来ずにいたが、大ガメの一撃をよけてウルトラマンが脇に退いたスキをついて大ガメの頭部に打ち込んだ。それはスパークエイトの試作品として開発されたもので、威力は小さかったが大ガメをひるませるだけの効果はあり、ウルトラマンがスペシュウム光線を発射するチャンスを作ることが出来た。大ガメはスペシュウム光線を腹部にあび、海藻の上に崩れ落ちた。しばらく痙攣するように手足を動かした後、大ガメの動きは完全に止まり、それを見届けるとウルトラマンは空の彼方へと飛び去っていった。後には大ガメの死骸と海藻の続く緑の海原が日の出を前に明るくなり始めた空の下に静かに横たわるのが、まるで踏みにじられた自然の姿そのもののように投げ出されていた。

         5
 日差しはすでに夏だったがこの砂浜には海水浴を楽しむ人々の姿は見られなかった。その後、海藻も大ガメの死骸もウソのように消えて無くなった海は、以前の、いや汚染される前の青さを取り戻してそこにあった。人間たちも何かを感じとったのか、この海岸を、自然を取り戻すための象徴として残すべく手を触れないままに過ごしていた。
「あの少女はいったい」再びこの海岸に立つ科特隊員達を代表するように、アラシが何度目かの同じ問いを繰り返していた。少女は残念ながら助けることが出来なかったというハヤタの報告を聞いてからも、隊員たちの心の中には疑問は膨らむばかりだった。
「きっと海の使いだったんだ。この青い海から我々人間に警告を与えにやって来た」
「そうですね。海が青いうちに考え直さなくてはいけないんだわ」フジがムラマツに続いて言うと、他の隊員たちもうなづき、改めて海の青さを噛み締めていた。
「オレも新兵器ばかりじゃなくて、自然を守るような発明をするぞ」イデがいつになく真面目な顔で言ったのがハヤタには印象深く感じられ、これであの少女も安心してくれるだろうと水平線の彼方を透かし見るように目を細めた。
「海が汚れてしまってからでは遅いんだ。海の青いうちに、海が神秘的な色を持っているうちに始めなくては」ムラマツの言葉を運ぶように風が五人の髪を弄んで海岸線を吹き抜けていった。
〔終わり〕

初出/「TOWER」海の神秘号[森海社刊]

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