ANOTHER STYLE について

 かつて「TOWER」というミニコミ誌がありました。活字作品を中心にしたオールジャンルの創作同人誌で、80年代前半から約10年に渡って隔月刊行されていました。
 その「TOWER」が諸事情によって廃刊したあと、中心メンバーだった結城 涼は新たなミニコミ誌「ANOTHER STYLE」の企画に着手しました。
 しかし、結城とともに本企画を進めていた北山公治が急逝したため、創刊直前に企画はストップしたまま6年が過ぎました。
 今回の「ココログ」版「ANOTHER STYLE」はかつての企画とは違いますが、頓挫した企画のための準備のひとつとして結城 涼をはじめとするライターの作品を掲載していくつもりです。
 当面はさまざまなメディアに発表したものの再録が中心になるかと思いますが、ご支援のほど、ヨロシクお願いいたします。

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2010年2月 9日 (火)

アナザーリアリティー試論 I ・2

 このアニミズム的にアバターを捉えるという考え方は、たとえば「ネトゲ廃人」と呼ばれる人たちに顕著に表れているのではないだろうか。
 彼ら(彼女ら)にとって、それは現実ではないという認識を持っていても、だからといって自分とは別の存在ということでもなく、まさに「もうひとりの自分」「もうひとつの(現実)世界」としてそこにあるといえる。
 多くのオンラインゲームでは、システムが用意したキャラクターの中から自分の好きなものを選択し、多少のカスタマイズを加えてプレイする。したがって同じ顔、同じ服装のキャラクターが複数存在することになるわけだが、ユーザーが操る「癖」やチャットによる自己表現がそこに「キャラクター(人格)」を与えていく。自分の操るキャラクターへの思い入れなどが、アニミズム的な霊的、精神的なものを3DCGのキャラクターに与えることによって、それは単なる画像ではなく、もう「ひとりの自分」として認識されていくのだと思う。
 Second Lifeのように細かくアバターをカスタマイズすることのできる世界は、その傾向がなおさら強くなるのではないだろうか。

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2010年2月 8日 (月)

アナザーリアリティー試論 I ・1

 インターネットなどの仮想世界は一般的にヴァーチャルリアリティーと呼ばれている。
 現実を模した、しかし現実ではない世界であるということではそれは「仮想」であることに違いないかもしれない。
 しかし、メタバースと呼ばれる仮想空間やMMORPGなど多数のユーザーが同じ時間と空間を共有する世界は、もうひとつの現実世界、アナザーリアリティーと呼べるのではないだろうか。
 もちろん3Dや通信速度といった環境やCGなど表現の進化によって、見た目として現実に近づいた仮想世界ということも確かにある。が、ボクが仮想世界をアナザーリアリティーと呼べるのではないかというのは、そこに集まるユーザーたちがいるからだ。
 それぞれのユーザーが操るキャラクターやアバターは、それだけでは3DCGで描かれたグラフィックにすぎないが、ユーザーによってひとつの人格として認識されていくことになる。これはアニミズム的な心身二元論でいえば、現実の肉体から分離した人格が仮想世界のアバターと融合した状態といえるのではないかと思うのだ。この意味において仮想世界のアバターはそのユーザーの「もうひとりの自分」として存在することになる。

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2010年1月 1日 (金)

2010年、寅(ねこ)年!?

 2010年、明けましておめでとうございます。

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 本年もよろしくお願いいたします。

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2009年12月30日 (水)

創作■雪の日の少女

 その日、夜明け前から降り始めた雪で街は白の絵の具で塗りつぶしたように見えた。東京でもこんなに雪が降ることがあるんだ、と驚くというより感心するような、そんな気分だった。
 自宅でデザインの仕事をしている関係で平日の昼までも時間は自由に使える。こんな風景は滅多にめったに見られるものではない、とわたしはデジタル一眼レフを手に散歩に出ることにした。午後になると雪も小やみになり傘の必要もなかった。
 さすがに表通りは車の通りもあって雪は片づけられていたが、近所の遊歩道は人の足跡もなく、東京とは思えないような風景が撮れた。
 雪の積もったベンチや木々は、普段見なれていないこともあって幻想的な風景に思える。

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2009年12月18日 (金)

本棚の旅■バルタン星人~不滅のダークヒーロー

書 名/バルタン星人~不滅のダークヒーロー
発行日/2009年12月18日
定 価/1200円(本体)
版 元/コスミック出版
シリーズ名/COSMIC MOOK

 本書はテレビドラマ『ウルトラマン』シリーズに登場した人気怪獣「バルタン星人」を特集したMOOKだ。基本的に映像作品からのスチールや登場話の紹介が主だが、現在のところほとんど復刻の機会のない、「現代コミクス ウルトラマン」から、井上英沖の『ウルトラマン/新バルタン星人』を復刻しているほか、「現代コミクス」シリーズについての解説ページも設けられている。
「現代コミクス ウルトラマン」は『ウルトラマン』放送当時に雑誌形式で、『ウルトラマン』を中心にした漫画作品を掲載していた出版物だ。井上英沖がメイン作家となって、ほかに岸本 修などが執筆し、毎号2話程度ずつが掲載されていた。
『ウルトラマン』のコミカライズでは、「ぼくら」連載の一峰大二作品のみが秋田サンデーコミックスにまとめられた以外、「少年マガジン」の楳図かずお版も長い間単行本にまとめられる機会がなかったこともあり、複数の作家による共作という性格の強い「現代コミクス」掲載作品についてはこれまで単行本として刊行されたことがない。というより「現代コミクス」の存在自体が今では知らない人の方が多いだろう。
 今回のように雑誌の特集などで紹介されたり一部の作品が復刻されることしかなかったのは残念なことだが、メイン作家である井上英沖氏の版権継承者が見つからないということで、いま現在も単行本にまとめられる機会に恵まれていない。
「現代コミクス」自体は『ウルトラマン』以後、『キャプテンウルトラ』も刊行していた。

 本書ではさまざまな貴重な資料を掲載しているが、この「現代コミクス」に関するページだけでも購入の意味はあるだろう。
 

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2009年12月 5日 (土)

本棚の旅■瀬下耽探偵小説選

書 名/瀬下耽探偵小説選
著者名/瀬下耽
出版元/論創社
判 型/四六版変形
定 価/2800円+税
シリーズ名/論創ミステリ叢書42
初版発行日/2009年11月30日
収録作品/綱(ロープ)・新青年1927年8月号
     柘榴病・新青年1927年10月号
     裸足の子・新青年1928年1月号
     犯罪倶楽部入会テスト・探偵趣味1928年2月号
     古風な洋服・新青年1928年5月号
     四本の足を持った男・新青年1928年8月号
     めくらめあき・探偵趣味・1928年9月号
     海底(うなぞこ)・新青年1928年10月号
     R島事件・1929年4月号
     仮面の決闘・新青年1929年6月号
     呪はれた悪戯・新青年1929年9月号
     女は恋を食べて生きている・中央公論1930年7月号
     欺く灯・新青年1930年10月号
     海の嘆・新青年1931年7月号
     墜落・新青年1932年3月号
     幇助者・新青年1932年4月号
     罌粟島の悲劇・新青年1933年1月号
     手袋・新探偵小説1947年6月号
     空に浮かぶ顔・新選探偵小説十二人集1947年9月20日刊
     シュプールは語る・探偵趣味1949年1月28日刊
     覗く眼・探偵実話1953年1月号
     やさしい風・幻影城1976年1月号
     マイクロフォン(随筆)・新青年1928年2月号、1928年10月号
     
     解説/横井 司
     
 瀬下 耽(せじも たん)という作家をご存じだろうか。いや、ボク自身が誤解していたように、せした たん、と思っていた方もいるかもしれない。
 デビュー当初にはそこそこの作品数を発表していた瀬下だったが、戦争を挟んで、復帰後から最後の作品まではわずか5編という寂しさだ。またその作品がすべて短編や掌編ということもあり、個人の作品集が編まれることもなかったようである。本書に収録されたのは瀬下の全作品である。
 それでも2、3の作品がアンソロジーに採られることがあり、中でも『柘榴病』は瀬下のイメージを決定づける作品として一人歩きしてしまったということのようだ。
 というのは、ボクもそうなのだが、『柘榴病』というタイトル、その怪奇な内容から瀬下 耽という作家は怪奇幻想な作品を得意としていたのだと思い込んでいた。また『柘榴病』以外の作品を読む機会が多くの読者に与えられてこなかったというのも事実だろう。実際のところは本書によって、探偵小説や犯罪小説といったものを中心に、『柘榴病』のような作品も書いていた、という事実を知ることになった。『柘榴病』のような作品をもっと読みたかったという願望ははかなく消えたわけだが、瀬下 耽という作家の評価自体は決して下がったわけではない。その文体、描写力は改めて評価されていいだろう。
 半ば幻の作家となっていた瀬下 耽の作品集がこのようにして世に出たことをまずは喜びたい。
 

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2009年11月23日 (月)

創作■内 な る 波 音/結 城  涼 

     1
 それがいつのことからか、ハッキリとは覚えてはいなかったが、ある夜床に就いた彼の耳に、どこか遠い波音が静かに響いてくることに気づいたのが始まりだった、と思う。
 時計の針は午前一時を少し過ぎた頃だったが、普段から就寝はその時刻に近くなってしまいがちだった。彼の住む部屋はありきたりなワンルームマンションで、窓から見える風景といっても、向かいのビルや近所の家々の屋根、三階下を走るあまり広くない道路とそこを行き交う人と車といったところで、海はおろか川にしたところで歩いて三十分も離れている。そんな環境に暮らす彼の耳に或る夜聞こえてきた波音を、他の、そう例えば車のエンジン音やステレオのノイズととっさに取り違えても無理からぬことだ、と恐らくは同情心を半ばに弁護されてしかるべきだろう。しかも彼が海国育ちで、都会へと出てきたのではなく生まれも育ちも都会の真ん中、遊び相手はコンクリートの壁だったと聞けば哀れみは一層深まるかも知れない。そういったことはともかく、ありきたりなワンルームに置かれた、これも家具売場には珍しくない型のベッドの上で彼はその波音を聞くともなしに聞いていたのだった。時間にしてどれくらいの間そうしていただろうか。すでに眠ろうとしていた彼の意識に波音は休むことなく一定のリズムで繰り返し、やがて彼をいつにも増して心地好い眠りへと導いていった。眠りに落ちる前、彼は波音というものが生命のリズムを想わせるのに充分なものだという、生命の源流を海と信ずるに足る確信を持てたような気がしていた。
 翌日も翌々日も彼が床に就くと波音は聞こえてきた。ザン、ザザン、という繰り返しがその度に彼を眠りへと誘い、朝の目覚めもそれまでとは違い爽やかであった。しかし波音が続くにつれ、ある不安も芽生えてきた。それは自分が幻聴を聞いているのではないかというものであったが、当の海は遠く、ほかに考えられる音源も見当たらないとなれば誰でも一度は考えてみるようなことではある。道路や地下鉄の工事を深夜に行うというのも少なくはないがこの辺ではそういった話も聞かない。だいたい音の種類自体が違う。隣や階上、階下のどこかの部屋で環境音楽でも流しているのかとも思ったが、どうして安い割りには防音だけはしっかりした建物であった。第一もっと早い時間にTVやステレオの音が響いてこないのだからこれも違うだろう。いったい何の音なのか、彼は波音の原因に思い当たるまで眠れそうに無い自分に気がついた。

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2009年11月 3日 (火)

本棚の旅■日影丈吉全集(国書刊行会)

書 名/日影丈吉全集・全8巻+別巻
著者名/日影丈吉
出版元/国書刊行会
判 型/A5判・凾入り

第1巻/第1回配本・長編小説1、定価:9500円、月報
     収録作品:見なれぬ顔、真赤な小犬、内部の真実、非常階段、応家の人々
第2巻/第3回配本・長編小説2、定価:9500円、月報
     収録作品:女の家、移行死体、現代忍者考、孤独の罠
第3巻/第5回配本・長編小説3、定価:9500円、月報
     収録作品:夜は楽しむもの、多角形、殺人者国会へ行く、一丁倫敦殺人事件
第4巻/第6回配本・長編小説4、短編小説1、定価:9500円、月報
     収録作品:咬まれた手、地獄時計、夕潮、黄鸚楼、ハイカラ右京探偵譚
第5巻/第4回配本・短編小説2、定価:9500円、月報
     収録作品:夜の処刑者、善の決算、恐怖博物誌、イヌの記録
第6巻/第2回配本・短編小説3、定価:9500円、月報
     収録作品:暗黒回帰、幻想器械、市民薄暮、華麗島志奇
第7巻/第7回配本・短編小説4、単行本未収録小説1、定価:9500円、月報
     収録作品:夢の播種、泥汽車、鳩、単行本未収録小説
第8巻/第8回配本・単行本未収録小説2、定価:12000円、月報
     収録作品:単行本未収録小説
別 巻/第9回配本・エッセイ、その他、定価:13000円、月報
     収録作品:ふらんす料理への招待、ミステリー食事学、名探偵WHO'S WHO、荘子の知恵、単行本未収録エッセイ、少年小説、推理クイズ、初期作品、未発表原稿
    
 ボクが日影丈吉という作家を知ったのは、牧神社から全4巻で刊行された未刊行作品集のうち、『幻想器械』という1冊だった。とはいっても新刊でこれを見たのではなく、神保町でゾッキ本として流れていたのを手に入れたのだった。たぶん1980年頃だ。当時は渋澤龍彦なども読み始めたころで、幻想文学の匂いのするその本を、ほかの未刊行作品集は気に留めず買った気がする。すぐに日影の作品は気に入ったのだが、買いあぐねているうちにほかの未刊行作品集はゾッキ本から姿を消してしまい、まだ新刊で手に入った現代教養文庫の作品集全3巻を手に入れた。そのあたりから日影自身、作家として復活してきた感もある。しばらくするとこれもゾッキ本で芸術書林版の『恐怖博物誌』『幻想博物誌』が出回り、入手する。それを追うように徳間文庫から過去の長編が相次いで刊行され、講談社文庫でも幻想博物誌などがでた。さらには新作の長編、短編集が刊行されたのだから、ボクが日影を知った時期というのはタイミングとして実によかったといえるのかもしれない。
 ところでボク個人の中では、日影は『猫の泉』という作品のイメージから幻想文学の作家であった。戦前から戦後にかけての探偵小説、推理小説作家がそうであるように、推理もの、探偵ものも書くが、怪奇・幻想ものも書くという感じで、本来は幻想文学、という印象だったのだ。
 実際はその逆で、日影はその作家活動の最初から最後まで、推理作品にこだわっていたといえる。料理研究家でありフランス文学翻訳家(文学というとちょっと語弊があるかもしれないが)でもあったが、それもミステリーというジャンルの範囲で執筆していた。幻想小説のアンソロジーにも採録される『猫の泉』も広い意味での推理小説といえなくもない構成であることに気づけば(暗号ミステリーともいえる)、日影の作家としての一貫性も見えてくるだろう。
 とはいえ、ミステリー作家としての日影丈吉には、個人的にはあまり興味がない。というか、推理小説の基本となるトリックや推理という面ではなく、文章が描き出す雰囲気のようなものが日影の持ち味だと思うからだ。そういった意味ではやはり『猫の泉』のように純粋な推理小説ではない作品に日影の魅力を感じるのである。
 本全集はある意味玄人向けのものである。この全集で日影に触れてほしい、というものではない。むしろほかの形で日影作品に触れ、その魅力に気がついた人に手に取ってもらいたいという気がする。というのも各巻末にある解題・解説によって著書や著者についての理解がより深まるからである。また、過去に刊行された「ハイカラ右京」作品をお読みになった方は、ぜひ本全集版で読み返してみてほしい。初出誌で付けられていたルビを復活させているのだが、ルビのない文庫版などとはまったく違う印象を受けることに驚かれるだろう。
 

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2009年10月29日 (木)

■海の怪物について

 古今の未確認動物の中でも、海に棲むものはその存在の可能性が高いように感じられる。その理由のひとつには、海という世界が人類にとってまだ未知の領域を残しているからだろう。
 湖に棲む魚竜や両生類型の未確認動物はロマンはあっても、生息の可能性はやはり低く感じられてしまう。それら未確認動物の可能性を残しておくためにもあまり科学的に徹底した調査を行わない方がいいのではないか、と思ってしまうくらいだ。
 しかし海における未確認動物の場合はまだまだ探せば見つかりそうな気がしまう。
 それだけ海というものが広大であり、未確認動物が密かに生息している可能性を残しているからだろう。

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2009年9月21日 (月)

伝説巨神イデオン総音楽集

 富野監督作品と言ったら『無敵超人ザンボット3』か『伝説巨神イデオン』、『オーバーマン キングゲイナー』で、『機動戦士ガンダム』には全く興味のないわたしです。
 で『伝説巨神イデオン』は『ガンダム』に続いて作られた作品なのですがどうも不遇な扱いを受けているというか、もうひとつ正当に評価されていない気がしてしまうのはわたしだけでしょうか。
 サントラ音盤も、ようやくこれまで出ていたものをまとめた「総音楽集」が発売されましたが、どれだけこれを待っていたことか…。
 すぎやまこういち氏の名作と言っていいでしょう。

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